難民申請の外国人に入管職員が「他の国に行って」 映画「東京クルド」があぶり出す入管政策の“絶望的”な現実
スリランカ人のウィシュマ・サンダマリさんが今年3月、名古屋市にある入管施設で亡くなったことを機に、入管の収容者に対する非人道的な扱いが問題視され、入管政策のあり方にもあらためて厳しい目が向けられている。そんな中、幼い頃にトルコから日本に亡命してきたクルド人の若者2人の青春を描いたドキュメンタリー映画「東京クルド」が7月10日から順次、全国で緊急公開。難民申請は通らず、入管職員から面と向かって「トルコに帰ればいい」「他の国に行って」と言い放たれるこの“絶望の国”で、彼らは何を思うのか。5年以上にわたって取材を重ねてきた日向史有(ひゅうが・ふみあり)監督に聞いた。
クルド人は「国土を持たない世界最大の民族」ともいわれ、主にトルコなど中東諸国にまたがる地域(クルディスタン)で暮らす。各国では少数派で、差別や弾圧の対象になってきた歴史があり、分離独立や自治を求める武力闘争も起きている。日本国内には1990年代以降、トルコ政府の迫害を逃れて来日したクルド人が埼玉県を中心に多く居住しており、本作の主人公であるオザン(撮影開始当時は18歳)とラマザン(同19歳)も、小学生の時にそれぞれの家族と逃げて来たという。
難民申請が認められていない2人の立場は、入管の収容を一旦免除される「仮放免」。仮放免の間は月1回など、入管に定期的に出頭しなければならない。就労は禁じられ、生活保護は適用外。居住地から県境をまたぐ移動の自由なども制限されている。
■「国に帰ればいい」「他の国に行って」発言の衝撃
この映画を見た誰もが耳を疑うのは、出頭したオザンと入管職員との面接を録音した音声だろう。
オザンは収入を得るために解体現場で働いているのだが、先述したようにルール上はアウト。違法性を指摘されて「じゃあどうやって生きていけばいいの?」と問うオザンに、職員は「あなたたちでどうにかして」と取り付く島もない。
別の日には「捕まること、強制送還されることも覚悟してください」と釘を刺し、「帰ればいいんだよ」「他の国行ってよ、他の国へ」と嘲笑するように言い捨てる。優しい職員もいるにはいるが、オザンによると、もっと口汚く罵られたり、時には怒鳴られたりすることもあるという。
「これが日本にいるクルド人の日常なんです」と日向監督。「『不法滞在者』という強烈なイメージの言葉でくくられる彼らが、本当はどんな人たちで、日々どんな理不尽を味わわされているのか。映画を通じて少しでも知ってもらいたい」と話し、オザンや家族の意思を何度も確認した上で、リスクを伴う音声と映像の使用に踏み切った。
■「“不法滞在者”の早期送還が日本の基本的な方針」
日本は難民条約に加入しているが、厳格な規定により難民の認定率が年間1%未満と他国に比べると極めて低い。「日本の治安対策の基本的な方針は、“不法滞在者”の早期送還」と語る日向監督は、だからこそ、オザンを面接した入管職員個人よりも、入管行政のあり方に批判の矛先を向ける。
「もちろん『人としてダメだろう』とは思いますが、職員はある意味、国の方針に従って職務を真面目に遂行しているだけ。『相手は法を犯した不法滞在者だ』『嘘を吐いて自分を騙そうとしている』という警戒心が先に立つから、あんな差別的な接し方になるのでしょう。ウィシュマさんのケースも、根底には同じようなメンタリティがあったのでは」
今や日本国内に約2000人いるとされるクルド人が正式に難民と認められた例はなく、「トルコにも日本にも居場所がない」と訴える人は少なくない。映画のもう1人の主人公ラマザンには通訳者になるという夢があるが、仮放免中の自分を受け入れてくれる専門学校が見つからず、「正直疲れちゃった」と途方に暮れるのだ。
■ウィシュマさんの事件「一過性のものにしない」
ではなぜ、彼らはそんな国を選んで逃げてきたのか。
それは日本が難民条約に加入していることに加え、友好国であるトルコとの間にビザ免除の取り決めがあることが大きな理由という。「クルディスタンに近い欧州と比べて入国しやすかったためにクルド人が増え、次第にコミュニティが形成されていったという経緯があります」(日向監督)。
一方、トルコ系クルド人に限らず、一般的に「難民」となる人たちは、身の危険があるため母国でパスポートを作ることができず、やむを得ず偽造パスポートなどで他国に逃れることもある。だがその場合、日本では法律違反で退去強制の対象になってしまうのだ。日向監督は「命からがら国境を越えた人の違法性を問うことは、難民保護の考え方と全く相容れない」と指摘した上で、「(特に日本では)現実と制度が乖離している」ことを問題視する。
折しも6月に閉会した国会では、外国人の収容や送還のルールを見直す入管難民法の改正案が成立見送りに。このタイミングで、入管政策の実態をあぶり出す「東京クルド」が緊急公開される意義は大きい。
「ウィシュマさんの事件は本当に痛ましい。でも彼女以外にも、これまでどれだけの外国人が収容中に亡くなってきたか。絶対に一過性のことにはしたくない」と語気を強める日向監督。「現実にこういう問題があり、オザンやラマザンのような人たちが、この国で今まさに生きているんだということに目を向けてほしい。苦しんでいる全ての外国人を救うことは難しいけど、僕はせめて、自分が関わった人には優しくありたいし、幸せになってほしいと願っています」。ちなみに日向監督は普段、圧倒的な負のイメージがつきまとう「不法滞在」ではなく、「非正規滞在」という言葉を使うようにしているそうだ。「乖離」を縮める最初の一歩は、案外そんなところにあるのかもしれない。
◇ ◇
「東京クルド」は7月10日から東京のシアター・イメージフォーラム、大阪の第七藝術劇場を皮切りに全国で順次公開。クルド人が多く暮らす埼玉県では7月16日からイオンシネマ川口で上映。
(まいどなニュース・黒川 裕生)