元JK殺し屋コンビがバイトで社会勉強? 異色のフルボッコ青春映画『ベイビーわるきゅーれ』
ドラマ『全裸監督』で再び脚光を浴びている村西とおるは、エロスには“落差”が必要不可欠だという。それは物語にも当てはまること。殺し屋を主人公にした映画『ベイビーわるきゅーれ』(7月30日公開)は、暴力シーンやハードアクションがあるのにも関わらず、青春もの特有の爽やかさで劇終を迎える。予想外の“落差”を随所に散りばめたこのフルボッコ青春ムービーには、新たな世代の息吹が感じられる。
主人公は殺し屋。そう言われるとゴリゴリのハードボイルドな作風をイメージしがちだが、本作の殺し屋は高校を卒業したばかりのモラトリアム系女子二人。学生時代からバイト感覚で殺し屋コンビを続けてきたちさと(高石あかり)とまひろ(伊澤彩織)は、これといって将来やりたいこともなく、組織に言われるがままルームシェアを開始。殺し屋業と並行して社会勉強のためにアルバイト生活を送ることにする。
ところが内向的なまひろはバイトの面接を落ち続け、それなりにコミュニケーション能力の高いちさともバイト中に殺し屋のクセが出てしまい長続きしない。初めての共同生活も慣れないことばかりで、洗濯機の中にティッシュならぬ拳銃を入れてしまうなど四苦八苦。それでも殺し屋としてのセンスは一流だけに、本業も大忙しだ。
なんとか二人で秋葉原のメイドカフェでバイトを始めるも、内気な性格のまひろはメイドたちの輪に入れず孤立。上手く立ち回るちさとに嫉妬し、二人の間には溝が生じてしまう。そんな中、メイドカフェに来店した凶暴なヤクザがメイド特製のオムライスに激高。それを引き金にちさととまひろは死闘に身を投じる羽目になる。内心「なんかだるいなあ…」と思いながら。
■ダラッとした日常と本格アクションのコントラスト
ダラッとした女子二人の平凡な時間と、暗殺という相反する事象の融合が新鮮。壮絶バトル直後に「はあ…疲れたあ」とフツーにだらけるアクション映画なんて見たことがない。オフビートな日常とキレッキレの非日常の落差が面白く、かつ一般人にとっては非日常だが殺し屋女子二人にとっては死闘も実は日常という“フツーさ”の表現も巧み。
会話劇も魅力的。中身があるようでない、でも二人にとっては重要なのであろう愚痴や日常会話は聞いていて飽きることがなく、独特なユーモアも潜む。そのやり取りはゆるい漫才のようで、セリフとは思えないほど二人の口からナチュラルに出てくる。自宅での会話シーンは、ほぼ固定された映像で長回し。それに耐えうるフツーっぽい高石あかりと伊澤彩織の表現力の高さと豊かさ。スタント出身の伊澤はセリフ演技初挑戦というのだから驚かされる。
その伊澤による本領発揮の肉弾バトルアクションも圧巻。ソファーに寝転がりスマホで猫動画ばかりを見ている怠惰な日常から一転、俊敏な豹のように飛び回り、屈強な男を次々となぎ倒す。その落差にもやられる。
サブキャラクターも粒ぞろい。口では「女性進出」「アップデート」と言いながらも、行動はすべて絵に描いたような“ザ・ヤクザ”を演じた本宮泰風がいぶし銀の存在感を放つ。任侠作品から飛び出てきたかのような堅物系ヤクザでユーモアもギャグも一切通じない。そんな男がメイドカフェを訪れたらどうなるのか?メイドに命じたケチャップ文字とは?空気の読めないヤクザを眉一つ動かさず演じる本宮は、いかつい見た目とは裏腹に喜劇的。挙動が笑いのフリになっているのにも関わらず、醸し出す怖さで妙な緊迫感が生れるねじれ現象も面白い。
独創的な世界を作り上げたのは、高校時代から自主映画で腕を磨いてきた阪元裕吾監督。25歳という若さにして確かな演出力と構成力を持ち、1週間強ほどの期間で撮り上げたというずば抜けたスタミナも併せ持つ。愛読書は長寿漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』というが、少年ジャンプ的な大衆性の持ち主であることは『ベイビーわるきゅーれ』でのバランス感覚の良さからもわかる。娯楽作として成立させつつ、ジャンルファンのツボも押さえて、阪元監督独自の色合いも混ぜ込ませる。したたかな25歳だ。
阪元監督は今年1月に映画『ある用務員』が封切られ、『ベイビーわるきゅーれ』を挟んで、9月にはスラッシャー映画『黄龍の村』が公開される。この『黄龍の村』もかなりのクセモノで、スイッチをひねるように前半と後半でガラリと景色が変わる大胆不敵な痛快&爽快作。ビッグバジェット作品で阪元裕吾監督の名前を見る日も遠くはなさそうだ。
(まいどなニュース特約・石井 隼人)