猫を飼うということは愛情を育てること 用水路で凍えていたチャーちゃんの物語
もう二度と、猫は飼わない。そう決めていた夫婦が、愛知県におられます。G家です。それは4年前の悲しい別れがあったから。ある日のこと、お父さんが茶トラの子猫を拾ってきました。ひどく衰弱していて、ひとまず家に連れて帰ろうと。しかし次の日のお昼、動物病院へ連れていく前に亡くなってしまいました。
もしかすると、家に連れて帰る前に動物病院で診てもらっていれば結果が変わっていたかもしれない。夫婦は自分自身を責めました。そして、あんな悲しい想いは決してしたくないと、猫だけでなく動物と暮らすことを避けていたのです。
それなのに、猫の神様は見逃してくれません。平成最後の1月11日、この日はとても寒い日でした。そんな日の夕方、お父さんが車庫に車を入れて帰ろうとすると、どこからともなく子猫の鳴き声が聞こえてくるではありませんか。
最初は気のせいだと思っていたのです。あの茶トラの子猫を死なせてしまった負い目が、子猫の声の幻聴を聞かせたと。しかし、耳を澄ましてみると、確かに聞こえてくるのです。しかも用水路の中から。
「あそこにいる!」
お父さんは急いで用水路の中に下り、生後約2カ月の子猫を抱き上げます。子猫は下半身ずぶ濡れで、麻痺しているよう。鼻血も出しています。すぐに車のヒーターで乾かします。それから、一路動物病院へ目指して車を走らせました。この子は死なせちゃいけない。その一心です。
獣医師の見立ては、軽い打ち身。用水路に落ちてビックリしたから、下半身が動かなくなっているのだろうとのこと。飢餓状態にも陥っておらず、誰かから餌をもらっていた可能性も示唆されました。けれど、その辺りで猫を探しているという話は聞きません。そのまま、G家の「一人娘」として迎えられることになりました。
最初、お母さんは子猫を迎えることに反対でした。また永遠の別れを経験しなくてはならないからです。それでも、目の前にいる弱々しい子猫を見捨てるわけにはいきません。迎えると決めてからは、目いっぱい愛情を注ぎます。
この女の子の子猫は「チャー」と名付けられ、お父さんとお母さんに可愛がられます。といっても、構い過ぎることはしません。混乱状態が続くチャーちゃんを根気強く見守り続けました。「シャー!」と威嚇されても、テレビの後ろに隠れて出てこなくても、辛い目に遭った後遺症だと理解し、チャーちゃんのやりたいようにさせたのです。
お父さんは忘れられないチャーちゃんの表情があるんですよ。それは、混乱状態が解けた時のこと。きょとんとした顔で、「何?何?」とお父さんの顔を見たんですって。
チャーちゃんにお父さんとお母さんの愛情が伝わったのでしょう。お父さんのお見送りやお出迎え、お母さんに添い寝を始めたのです。初めは恐る恐る。次第に甘えるようになりました。
ちゅーるが欲しい時は、ちょっと大きな声で鳴く。そしたらお父さんとお母さんが1本ずつ、チャーちゃんにくれます。食べ終えたら大きな声で鳴かずに、聞こえるか聞こえないかの「にゃ」。これは、猫の中では「大好き」の意味。サイレントニャーです。
お父さんがソファーに座ると、チャーちゃんはお父さんのお膝まっしぐら。一緒にテレビを観ます。お母さんが所在なさげにしていたら、今度はお母さんの方に飛んでいってすりすり。チャーちゃんは忙しい。
ずぶ濡れで、シャー!と威嚇ばかりの子猫が、今ではこんなに可愛い猫になりました。この変化にお父さんはこう考えているようです。
「猫を飼うということは、愛情を育てること」
お父さんはお膝にチャーちゃんを載せて、微笑みます。チャーちゃんは目を細めながらお父さんを見上げて、小さく「にゃ」と鳴きました。
(まいどなニュース特約・ふじかわ 陽子)