20年前に出会った1匹の猫。保護するも強烈なストレス反応に「むしろ虐待?」悩みぬいた日々と辿り着いた穏やかな時間
■野良猫、子猫を連れてくる
うぅちゃん(享年20歳・メス)は、20年ほど前に庭にひょっこり現れた猫だった。神奈川県に住む中村さんが一人暮らしをしていた時、うぅちゃんが突然庭に現れた。とても警戒心が強く「THE・野良」という感じで、全く触ることができなかった。しかし、中村さんは元来猫好きだったので、見かけるとちょいちょいごはんをあげていた。そのうちうぅちゃんは毎日顔を出してくれるようになり、相変わらずシャーはするし触ることもできなかったが、なんとなく情がわき始めた。しっぽがうさぎのように短かったので、「うーちゃん」と呼び可愛がっていたという。
借りていた住宅はペット不可だったため、「通いで来る野良猫」と「猫好きの人間」という関係のまま一年が過ぎた。
一年ほど経ったある春の日、うぅちゃんが一匹の子猫を連れて来た。「えぇっ!あんな小さな子がもう子供産むんだー!」と、当時猫について何の知識もなかった中村さんは驚いた。必死で子猫を守り育てるうぅちゃん、小さいくせにきっちり野良教育を受けて、警戒心バリバリだが、必死でミルクをがっつくやせ細った子猫に特別な感情を抱くようになった。
中村さんは、子猫をごにゃぞうくんと名付けた。
■猫たちにとって何が幸せなのか
うぅちゃんは相変わらずごはんを食べに来るだけの猫だったが、子猫のごにゃぞうは次第に中村さんにも慣れ、家に上がり込んで遊ぶようになり、夜はちゃっかりお泊りまでするようになった。
「そうはいってもペット不可物件ですし、大家さんのおうちはすぐ隣。飼ってあげるわけにはいかないまま一年が過ぎました」
その後、中村さんは諸事情があって実家に戻ることになり、
「さて、この猫たちをどうしよう。このままここに置いていくのか。うぅちゃんはまだしもごにゃぞうは子猫の頃から人に食べ物をもらっているので今更狩りなどできないのではないか。やはり連れていくしかないか。でも、ごにゃぞうはともかく、うぅちゃんはまだ一度も触らせてくれてことがないし、果たして連れて行けるのか。このまま住み慣れたここに居るのと、連れて行って家猫にするのとどっちがこの子たちにとって幸せなのか・・・」と考えた。
「当時はまだ完全室内飼いとか保護猫という言葉は一般的には浸透しておらず、まだまだ外飼いの猫も多かった時代。やっと室内飼いが望ましい、という話がちらほら出てきた頃だった。そんな中、この親子猫をどうしたものだか、かなり悩んだことを覚えています」
■置いてはいけない
中村さんは、やはりおいていくわけにはいくまい!と勇気を出して段ボール箱を2箱用意して捕獲の準備をした。さすがにうぅちゃんは箱に入った後かなり暴れたが、捕獲自体は意外とすんなりうまくいった。
「たぶん全く想定外の出来事過ぎて、一瞬固まったんだと思います(笑)」
そうして無事実家へ運び、そこから地獄の家猫修行が始まった。
「地獄というのは本当で、その日から親子猫は毎日鳴き叫び続け、特にうぅちゃんはひどい状態でした。外に出ようと家中を破壊しまくり、狂ったように雄たけびを上げていました」
中村さんは、「これってむしろ虐待なのでは…これはもう完全に人間のエゴだ…」と追いつめられた。かといって見ず知らずの土地に連れて来たこの子たちを外に出したら、ごはんを食べに戻って来られるだろうか。いや、いくら猫でもそれは無理に違いない。出したら最後、それが今生の別れになるんだ。そしてこの子たちは飢え死にしてしまうかもしれないと悩み続けること3か月、ついに中村さんは決断した。「もう出してあげよう」と。
「今の私には考えられないことですし、今の私ならもう少し他にも打つ手があったと思います。でもあの時の私には、それしかしてあげられることがなかったのです」
かくして見知らぬ土地に解き放たれた親子猫2匹。しかし、人間の浅はかな心配はよそに、2匹は難なくGPS機能を発揮し、意気揚々と「お腹空いたー!ごはんごはーん!」と何事もなかったように2階のベランダに帰ってきた。
■家猫になる
それからというもの、ごにゃぞうくんは寝る時はちゃんと帰ってきてベッドで一緒に寝て、昼間はお散歩に出る半家猫になった。うぅちゃんは家には絶対に入らないが、ごはんは確実に食べにくる、元の通い猫として数年を過ごした。
うぅちゃんは12歳になった頃、大きなオスの野良猫に付け回されるようになった。観念したのか自ら家に飛び込み、そこからはまったく外に出たがる素振りもない完全な家猫になったという。
「出るのも入るのも、自分の生き方を決めるのは人間ではなく自分自身、そういう猫としてのプライド、意志の強い、本当に猫らしい猫でした」
■猫が苦手だった夫、猫の下僕になる
12歳で家に入ってからは全く外には出たがらず、シニアということもあってほとんど眠っていた。人間に甘えることもあり、すっかりかわいいおばあちゃん猫になったという。先に完全室内猫になっていた息子のごにゃぞうくんとはつかず離れずだったが、仲良く暮らしていた。
「うぅちゃんは、とても猫らしく、誇り高く、気丈なおばあちゃん、という感じの性格でした。誰もうぅちゃんには逆らえないというやや威圧的な雰囲気がありましたが、私にとっては『お姑さん』というイメージで、ねこっ可愛がりというよりはどこか少し距離を持って尊敬しつつお世話させて頂くという感じでした」
中村さんは、うぅちゃんを迎えて少ししてから今の夫と結婚した。夫は猫が苦手だったが、初めて会った時からうぅちゃんとだけは仲良くなれる予感がしていたそうだ。その通り夫とうぅちゃんは相思相愛、とても仲良しになり、夫にとっては初めての、かけがえのない愛猫になったという。
「うぅちゃんにとっても自分を誰よりもかわいがってくれるおっちゃん(主人)は特別な存在だったように思いますが、同時に一番自分の言うことをきいてくれる、自分専用の下僕という感覚もあり、おっちゃんには甘えるし、夜中や早朝に起こしてみたり、ごはんもこれじゃない、あれじゃないとわがままを言ってみたり、言うことをきかないと容赦なく指を嚙みちぎってみたり(笑)なかなか愛のムチも厳しいうぅちゃんでした」
夫妻は、今では「猫と建築社」という建築設計事務所を営み、「猫と暮らすための住宅」の提案をしている。
(まいどなニュース特約・渡辺 陽)