「驚かせると、死んでしまうかも」と言われドキドキ?…心臓病のある犬と一緒に過ごした子どもたち 大切な夏の思い出に

『先生、どうしたらいいと思われますか?』…診察中に、そう訊かれました。

古い町の一軒家にお住いの音楽家Yさんは、今年12歳になる女の子のチワワ、クーちゃんと二人暮らしです。クーちゃんはYさんにとって、とてもとても大切な相棒です。というのも、Yさんのお母様が認知症になり、Yさんがおひとりで介護されていたとき、悲しい事や辛いことがあるといつも傍にいて寄り添ってくれた命の恩人(犬)がクーちゃんだったからなのです。

そんなクーちゃんも現在は10歳を超え、軽度ではありますが、僧帽弁閉鎖不全症という心臓の病気になっていました。加齢による心臓病は、治ることはありません。残念ですが、基本的には進行していく病気です。

Yさんには、7歳の男の子・さくちゃんと、5歳の女の子・なぎちゃんの、二人兄妹のお孫さんがいらっしゃいます。大都会に住んでいる二人にとって、異国のような古い町にあるYさんのお家で過ごす時間は、特別でした。Yさんのお家に、これまでは年に1~2回、お母さんと1~2泊しかできませんでしたが、今年は二人も大きくなったので、子どもたちだけで5日間過ごしては…という計画が持ち上がっていたのです。しかし、歳をとって持病のあるクーちゃんにとって、小さい子ども二人との生活がストレスになるのではないか?病気が悪化するのではないか?とYさんは心配されているようでした。

私は、小さな子どもにとって動物との生活を体験し、動物を気遣うという心を育てるのはとても良い事であること、クーちゃんの病気は、そんなことでは悪化しないことを伝えました。そして私と話し合ったことでYさんはご決心され、お孫さん二人の「合宿」を受け入れることとなりました。

   ◇   ◇

去年までの二人は、犬を飼ったことが無いこともあって、犬との接し方がわからないようでした。クーちゃんには興味津々で近づくのですが、毛を引っ張ったり、しっぽを掴んだりしていたずらをしました。それに抵抗してクーちゃんは、ウウゥと唸ったり甘噛みしたりしました。こうなると、ふたりはクーちゃんを怖がるようになり、クーちゃんが傍に来ると逃げるようになりました。そのくせ、二人はやっぱりクーちゃんにいたずらをしに行くのでした。最終的にはクーちゃんにとっても二人は恐怖となり、クーちゃんはハウスに引きこもりになったそうです。

そんなことがあったので、今年はきっちり説明しなければならない…Yさんはそう思われました。二人が家に着くなりすぐにYさんの横にクーちゃんを座らせ、その前に二人を座らせ、クーちゃんの病気について説明を始められました。

私は定期的にクーちゃんの心臓エコー検査を行い、その度に検査結果を心臓のイラストにしてお渡ししております。Yさんはその紙を二人の前に並べて置き、クーちゃんには心臓の病気があること、だからいたずらをしたり驚かせたりすると、クーちゃんは死んでしまうかもしれないこと(そんなことは有りませんが…)、食べるものも難しくて、ふたりの食べているものはお菓子にしろ、ごはんにしろ、クーちゃんが食べると死んでしまうかもしれないこと(そんなことも有りませんけれど…)を、ゆっくりわかりやすく説明しました。

かなり「盛った」Yさんのお話にはなりましたが、効果は絶大だったようでした。二人は真剣にYさんのお話を聞き、なんとなくの状況を理解した様でした。そして、昨年とは違って、二人はクーちゃんを気遣うようになりました。

まず、人間のお食事の時間になるとクーちゃんをハウスの中に入れます。といっても、クーちゃんは賢いのでお食事の時間になると自分からハウスに入ります。そしてハウスの入り口の鍵をかけ、それからお食事をされました。お食事が終わると、テーブルの下に食べものが落ちていないかを点検してから、ハウスの鍵を開けました。こうしたルーティーンは二人のお仕事になり、交互に任務を遂行するのですが、どちらかが順番抜かしをしたりして喧嘩になったりもしました。幼い子どもにはよくある話ですね。

そうして1~2日経つと、クーちゃんも二人がいたずらをしないとわかったようで、二人の傍にいくようになりました。さくちゃんがソファに座っていると、そっと傍らにクーちゃんが座りました。そうするとさくちゃんは「どや顔」でYさんに自慢しました。

Yさんは「さくちゃんがお兄ちゃんになったから、クーちゃんはさくちゃんのことが大好きになったんやねぇ~」とほめちぎりました。結果、さくちゃんはますますお利口になっていきました。

なぎちゃんがクーちゃんにいたずらをしそうになると、さくちゃんが止めに入りました。さくちゃんのお菓子をクーちゃんが食べそうになると、なぎちゃんが止めに入りました。こうして、二人はクーちゃんといつも一緒に過ごしました。

   ◇   ◇

そして、そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ、とうとうお別れの日になりました。

さくちゃんは帰りたくないと何度もいいました。「でも、帰らないとね」。二人は仕方なく荷物をまとめ、最後にハウスにいるクーちゃんに駆け寄りました。さくちゃんは寝転がってクーちゃんの視線と同じ高さになり、ごにょごにょクーちゃんと秘密のお話をしました。そして、諦めて決心して玄関で靴を履きかけるのですが、また「もう一回だけ!」といってクーちゃんのハウスに駆け寄る…これを何度も何度も、繰り返しました。そして、最後に二人で玄関からクーちゃんに「病気に負けないでね~!」と声援を送り、Yさんの家を後にしました。

帰りの電車の中で、さくちゃんがYさんに訊きました。

「クーちゃんはしんぞうがわるいから、いつかしぬの?」

Yさんは答えました。

「そうやね。いつかは死んでお別れしないといけないねぇ。」

そしてふと、

「さくちゃんは、おばあちゃんとお別れするのとクーちゃんとお別れするのではどっちが悲しい?」

と訊いてみたそうです。答えはもちろん「クーちゃんとおわかれするほうがかなしい!」でした(笑)。

1年で目覚ましい成長をした二人と過ごして、Yさんには素敵な夏の思い出がまた一つ増えました。

来年の夏も、Yさんと、クーちゃんと、さくちゃん・なぎちゃんが揃って楽しい時間が過ごせるように…私も頑張らないと。

(獣医師・小宮 みぎわ)

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