所用で鳥取県内を移動中、とあるコンビニに立ち寄った時のこと。駐車場から見た光景に衝撃を受けました。

　湖に向かって張り出した土地に、ポツンと佇む一軒のコンビニ。大阪生まれ大阪育ちの筆者には、およそ馴染みのない光景でした。ここは鳥取県の中央部に位置する東郷池。池と言っても広さは甲子園球場100個分ほどもあり、東郷湖とも呼ばれています。特産のしじみと湖畔の温泉で知られる湯梨浜町の名勝です。

　そのコンビニは、ローソン・ポプラ湯梨浜松崎店。

　「なぜこんなロケーションにコンビニが…？」オーナーである田中良明さんに尋ねたところ、意外な答えが返ってきました。

　「釣り客に便利だろうと考え、ここに開店しました。遠方から来るお客様には面白い場所だと言っていただきます。地元の我々にとってはそれほど珍しくはないんですけどね」

　それほど珍しくない…？それはどういうことなのか、町の歴史に詳しい湯梨浜町観光協会の伊藤やよいさんと町の歴史をよく知る伊澤寛治さんに話を聞きました。

　「東郷湖の湖畔は、昔はいわゆる沼地で、波が高くなる冬場を除き、水田として利用されていました。そこを埋め立てて、建物を建てたり道路を通したりして利用してきたんです」と伊澤さん。湖畔付近は水深が2m程度と浅く、埋め立てが容易だったようです。とはいえ、埋め立て利用をはじめた頃には、小舟を出して池底の土を手作業で移動させたというから、当時の人々の根気に頭が下がります。

　ではローソン・ポプラのある場所は、昔はどんな景色だったのでしょうか？その点については、当時を捉えた貴重な写真が残されていました。伊澤さんによると、あの場所は漁で使う網を干す場所だったそう。

　水田や網干場などを次々と埋め立てたのには、もうひとつ大きな理由がありました。

「温泉です。東郷湖は湖の底から温泉が湧いていることが古くから知られていました。当初は沼地から汲み上げて利用していましたが、やがて埋め立てをして直接温泉を汲み上げ、そこに旅館などを建てて営業するようになったんです」と伊藤さん。

　明治37年に松崎駅が開業したことも相まって、この地は「東郷温泉」として鳥取県内有数の温泉街として栄えました。駅前の通りは多くの観光客で賑わっていたといいます。

　ローソン・ポプラからほど近い場所にある明治17年創業の老舗旅館「養生館」もそのひとつです。8000坪あるという広大な敷地は、まるで東郷湖に浮かぶ島のよう。養生館の山枡美鶴社長によると「明治の頃は養生館発着の船がありましたが、松崎駅ができてからは駅近くから小舟で宿泊客を運んでいた」のだとか。ほとんど竜宮城の世界です…。当時は湖岸から養生館を経由し、対岸にある新東郷温泉、いまのはわい温泉にまで船が出ていたといいます。はわい温泉もまた、埋め立てにより作られた温泉地なのです。

　湖上にあるおかげで朝日も夕日も湖越しに楽しめる立地で、志賀直哉や小泉八雲といった文豪たちも東郷湖の景色を眺めて創作活動をおこなったという記録が多く残されています。ただ、時には困ったことも起こります。それは浸水被害。

　「東郷湖は川で海に接続している汽水湖ですが、大雨のときなどは海への排水がうまくいかず、浸水することがあります」とのこと。2021年7月7日に山陰地方を襲った豪雨でも養生館の庭の大部分が水に浸かりました。

　それでも、めげずにこの町を盛り上げたいと、山枡社長はこう続けます。

　「大変なこともありますが、この湖畔で長く続けてきた歴史をひとつの武器にしつつも、いまの皆さんに楽しんでもらえる場所になるよう湖に面した町全体で頑張っています」

　歴史ある旅館の刷新ばかりでなく、町では若い世代が経営する新しいお店も増えています。湖の景色を存分に楽しめるカフェ「HAKUSEN」や、店主の本好きが品揃えににじみ出ている書店「汽水空港」など、センスあふれるお店が湖畔の町になじんでいます。廃校になった町立桜小学校をミニシアターや工芸品工房として開放する取り組みも。

　77.94キロ平方メートルに約1万6000人が暮らす湯梨浜町。決して大きな町ではありませんが、新たな魅力の発掘に取り組む人々により、力強い脈動を肌で感じました。

　湖にたたずむ一軒のコンビニをきっかけに知った町。そこには、ユニークな地理環境と景観を大切にしながらも、新たなまちづくりに取り組む人々の美しい姿がありました。「きっとまた、湯梨浜の町を訪れるだろう」と予感する筆者のまぶたには、東郷湖畔の美しい景色が今も焼き付いています。

（まいどなニュース特約・脈 脈子）