海面から海底まで…深海探索の世界を「1枚」に 海洋研究開発機構の記念切手に見る、深淵なる「切手デザインの世界」

 国立研究開発法人海洋研究開発機構(以下、JAMSTEC)が今年50周年を迎えることを記念した特殊切手が、設立日に合わせ10月1日に発売されます。そして先日、そのデザインが公開されました。

 海面から海底まで、深海の世界を1枚のシートにぎゅっと凝縮したこの切手デザインには、どんな想いや制作秘話があったのでしょうか。深層…じゃなかった、真相を解き明かすべく調査しました。

■そもそも、JAMSTECって?

 JAMSTECは、英語表記である「Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology」の頭文字を取った呼称で「じゃむすてっく」と発音します。日本の宇宙研究の最高峰がJAXAなら、JAMSTECは海洋研究の雄、世界トップレベルの研究機関です。

 一般によく知られているところでは、有人潜水調査船「しんかい6500」や地球深部探査船「ちきゅう」でしょうか。

 「新たな科学技術で海洋立国日本の実現を支え、国民、人間社会、そして地球の持続的発展・維持に貢献する」ことをミッションに掲げ、想像もつかないほど大きな水圧がかかる深~深~い海の底の探索や海洋観測、スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」による地球環境の解析など、海と地球と生命を対象にした高度な研究をおこなっています。

 そんな日本が誇るスゴい研究機関、JAMSTECと切手。数千メートルを超える深海からはお手紙を出せそうにありませんが…この特殊切手シートが実現した背景には、何かありそうです。

 そこで、このプロジェクトに関わった方についてJAMSTECと日本郵便に訊いたところ、さまざまな逸話が吹き出してきました。それはもう、海底の熱水噴出孔さながらに。

■ことの始まりは今から2年前

 JAMSTEC内では、2019年の秋頃から「50周年を記念する何かを企画しよう」と話が出ていたといいます。そこに切手というアイデアを投下したのは、職員の後藤久美さん。もともと切手やスタンプが好きで、東京・目白にある「切手の博物館」へ足を運んだり、地域ごとにデザインされた「風景印」と呼ばれる特別な消印などを収集していたといいます。

 その熱意が形となり、JAMSTEC内に50周年記念切手チームが発足。「我が国が海洋科学技術に取り組み始めてから50年という、歴史的に意義のあるテーマ」として日本郵便の特殊切手発行プログラムに採択されました。

 その節目を記念したこの切手デザインを担当することになったのは、日本に8人しかいない切手デザイナーの1人、玉木明さん。1993年のデビュー以来、約170件もの切手デザインを手がけてきたベテランです。サイエンス系では、理化学研究所創立100周年や土木学会創立100周年を記念した特殊切手をデザインされてきました。それらを苦労しながらも楽しんで作っていたことから、JAMSTECの切手デザインも担当することに。

「大変なの引き受けちゃったな…」

 切手デザイナーという仕事について「たとえ無理難題でも、アイディアと技術でカタチにするのがデザイナーの役目」と玉木さん。JAMSTECのデザイン担当に決まってからは、ホームページを見に行ったり、実際に本部を訪れるなど理解を深める中で、その歴史と海という研究領域の広さ、深さに触れ「大変なの引き受けちゃったな…こんな小さい切手でどうやって表現しようか」とテーマの難しさにプレッシャーを感じたといいます。

 JAMSTECのメンバーと玉木さんによって、切手に使用するモチーフの検討が進められ、たくさんの候補の中から絞り込まれた調査船や調査機器たちと地球と生命の世界。それらが、玉木さんのアイデアと技術で見事カタチになった切手シートの全貌は...。

 地球深部探査船「ちきゅう」をはじめ、海洋調査船「なつしま」「よこすか」が浮かぶ海面を表現した上部から、下部に向かってどんどん深くなっていく縦長のシートになっています。海面下は「しんかい 2000」を筆頭に深度を増していき、海底であるシート最下部には、地熱で熱せられた熱水が噴出する熱水噴出孔(チムニー)や深海生物の姿が描かれています。

■大変だったからこそ楽しかった

 特筆すべきは青色の絶妙な使い分け。海面に浮かぶ調査船の背景の鮮やかさに驚かされます。

 「海をテーマにした切手なので、まずは青が綺麗に見えることに気を使った」と玉木さん。言われてみると、左下のカラーマークには濃淡2色の青が見られます。特殊切手の制作では、一般的なCMYKでは表現できない色を版画のようなプロセスで各作品ごとに調整しているんだそう。

 ところで、このカラーマークが不思議な形をしているのにお気付きですか?これは自己浮上型海底地震計(OBS)という、超マニアックでありながら重要な観測機器。この壺のようなものの中にガラス球が、さらにその中に地震計が封入され、海底で地震を計測しています。

 さらに見逃せないのは「しんかい6500」より深い位置に描かれた初代「かいこう」の存在。最大潜航深度は1万メートル級の無人探査機で、ランチャーとビークルという2つの機体で構成されており、切手シートにもそれが描かれています。実はこの初代「かいこう」のビークルは、2003年の調査中に起きたケーブル破断で行方不明になってしまったんです。

 現在は4代目のビークルが活躍していますが、あえて今はなき初代の姿を描いたのは、世界で初めてマリアナ海溝から深海微生物を含む研究サンプルの採取を成し遂げるなど、50年間の科学技術の歴史と広大な研究領域という縦軸と横軸をきちんと押さえたものにしたいという考えからだそうです。

 しかも、希少な初代「かいこう」の写真や証言から後藤さんが覚えたてのイラストレーターでデザインを復刻したというから熱意が本当にすごい。他にも、退役した研究船「なつしま」や有人潜水調査船「しんかい2000」も一緒に深海調査をしているという、海の科学技術の歴史を感じる図案です。

 当初は、ポップなタッチにアレンジしたり、海の広大さを表現した横長のシートにすることも考えたといいますが、実際の船のデザインをそのまま活かしながら「下へ下へと深海への興味を引く仕掛けになれば」と、縦長のデザインに決定しました。

 切手に閉じ込められるストーリーに真摯に向き合う玉木さんと「研究船や探査機だけではなく海を研究する姿を伝えたい」というJAMSTEC職員の愛と熱意が出会って生まれた創立50周年記念の特殊切手シート。切手という小さな画面から、深くて広い海洋研究の世界が望めそうです。

  ◇ ◇

特殊切手「海洋研究開発機構創立 50 周年」

発行日:2021/10/1(金)

種 類:84円郵便切手(シール式)

価 格:840円

限定数:70万シート

販売場所:全国の郵便局、郵便局のネットショップ、銀座郵便局での郵便振替による通信販売

※発売日には特印の押印サービスあり

(まいどなニュース特約・脈 脈子)

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