60匹以上の多頭飼育崩壊から助けられたガリガリの猫、「覚悟」を持ち迎えた飼い主宅の“すみっこぐらし”から幸せに
それは壮絶な多頭飼育崩壊の現場でした。2020年3月、兵庫・尼崎市に住む母子の家には60匹以上の猫がいたと言います。足の踏み場もない室内には糞尿が堆積し、エアコンの上にまで猫が折り重なり…。
レスキューに入ったのは、動物と人がともに幸せに暮らせる社会を目指し、猫の保護・譲渡活動や動物愛護の啓発活動などに取り組む『つかねこ動物愛護環境福祉事業部』。子猫や妊娠している猫、状態の悪い猫から順にレスキューしたそうですが、黒猫のつばさちゃんも緊急性が高いと判断された猫の1匹でした。「体重が1.9キロしかなくて、ガリガリに痩せていましたね」(つかねこスタッフ)。
■保護されて1年後にやっと、譲渡会デビューを果たした黒猫さん
そんなつばさちゃんですが、今では見違えるほどきれいになり、同居猫のりんちゃんと仲良く暮らしています。飼い主になった木下敦子さん(仮名)は昨年11月に愛猫・ぎんちゃんを14歳で亡くし、残されたりんちゃんが寂しそうだとつかねこの譲渡会に足を運びました。
「インスタで見た他の子が目当てだったんです。でも実際に会ったらつばさちゃんがかわいくて」(木下さん)
実は、それがつばさちゃんにとって“譲渡会デビュー”でした。つかねこでは基本的に人馴れ、猫馴れしてから譲渡会にエントリーするのですが、つばさちゃんは時間が掛かり、1年近くつかねこにいたのです。そこで献身的なお世話と愛情をたっぷり受けて心身をケア。他の猫と戯れることができるようになり、スタッフにもスリスリするようになって…満を持して参加した初譲渡会で声が掛かると、すぐにトライアルに入りました。ただ、木下家ではしばらくの間“すみっこぐらし”が続いたそうです。
「逃げ回ったりはしないし“シャー”もなかったのですが、警戒しているようでした。夜になって私たちがリビングからいなくなると出てくる感じでしたね」(木下さん)
一度は人馴れしていたはずですが、「環境が変わるとリセットされることがある」とつかねこスタッフは言います。
■引き取られて5カ月、ついに家族に馴染めました
「このまま馴染めなかったらどうしよう…」。木下さんには不安もありました。でも、トライアルを途中でやめることや、つかねこに返すことは考えなかったと言います。
「私たちが返すと、次のお宅でまた同じことの繰り返しになるかもしれませんよね? りんちゃんも元保護猫なのですが、トライアルから帰ってきたことがあると聞いていたので、同じ目に遭わせたくないという気持ちもあったかもしれません。りんちゃんとの相性が悪いなら別ですが、そうじゃない。だったら、すみっこぐらしのままでもいいからうちにいてもらおうと思ったんです」(木下さん)
1カ月が過ぎた頃から表情が穏やかになり、2カ月たつと家族の足元にいられるように。次第に昼間もリビングにいることが多くなったつばさちゃんは、5カ月が過ぎた頃、初めてりんちゃんと一緒にキャットタワーのボックスの中に入れました。「一緒に寝ているのを見たときはうれしかったですね」と木下さん。
「最初は猫用のベッドにも乗らなかったのに、半年たった今では私たちのベッドに乗ってくるようになりましたし、首輪も付けられます。険しかった表情が柔らかくなったり、ノドをゴロゴロ鳴らしてくれるようになったり。時間が掛かるからこそ、ちょっとした変化がとてもうれしいですね。りんちゃんも、一緒に走り回って遊べる相手ができて元気になった気がします」(木下さん)
■「うちの子にするんだ」という覚悟
保護猫や保護犬はなかなか馴れないんじゃないか。そんな風に思っている人も多いかもしれません。たしかにつばさちゃんのように時間が掛かる子もいますが、「トライアル期間は延長できるので、遠慮なく相談してほしい」とつかねこスタッフ。木下さんも「最初の期限までに馴れさせないといけないと、変なプレッシャーを感じるのは良くないと思います。気長に、自分のペースでやっていくのが一番」と話しました。ただ、そこに必要なのは「覚悟」だと。
「やむを得ない事情があれば別ですが、いつでも返せばいい、ではなく、うちの子にするんだという覚悟が必要だと思います。絶対に馴れると信じて接していれば、変化を楽しむこともできますから」(木下さん)
“つばさ”という名前はつかねこスタッフが付けたのですが、そこには「翼を広げて自由に飛び立ってほしい」という願いが込められていました。猫と暮らして30年の木下さんが、「歴代の中で一番甘えたかも」と言うほどのつばさちゃん。途中であきらめていたら、今のように自由気ままに甘える姿を見ることはできませんでした。
(まいどなニュース特約・岡部 充代)