引き取った茶トラは8キロを超える巨体 2年の施設生活を経て「大きな猫」が好きな家族の元へ
兵庫県宝塚市のある地域に5歳ほどになる2匹のきょうだい猫がいた。長年、ご年配の方に毎日、ご飯をもらって暮らしていたが、2018年の暮れ、その方が急きょ入院してしまったという。
いつ退院できるか分からない状況で、隣近所の方は「どうしたらいいものか」と困り果てていた。きょうだいは茶トラのオスとメス。知り合いのボランティアが何とかメスの方を引き受けたが、オスの保護先が見つからず、相談の連絡が入った。
当時、当団体の保護スペースに空きがあったため、オス猫を引き受けることになり、後日、相談者のボランティアが保護施設まで連れてきてくれた。
「ちょっと大きな猫ですよ」と事前に聞いていたが見ると、両手で大きなキャリーを重そうに持っている。どうやら犬用ケージのようだ。部屋に案内し、その猫を用意していた3段ケージの中に入れ替えた。おそるおそる出てきた猫は想像していた以上に大きな体をしており、見た目では10キロほどありそうだった。
保護してから、そのまま施設にやってきたこともあり、かなり怯えていた。ケージの中でジャンプをすると3段目へ移動し、用意していたドーム型のクッションに入っていった。
茶トラの名前はトノ。お腹のタビー柄がとてもきれいだ。「きょうだいのメス猫の名前がヒメで、殿様とお姫様から名前を付けたそう」と聞いて、微笑ましく思った。なるほど、どっしりとした体と上品なタビー柄は殿様に見えなくもない。保護した当時、ヒメは負傷していたそうで、相談者のボランティアが先に保護をしたのも、そのためだった。
一方のトノは環境の変化に戸惑っている様子。到着した日はケージをタオルで覆い、そっとしておいた。「早く慣れてくれればいいんだけど…」と期待したが、翌日もトノは変わらずクッションの中でじっとして、水やご飯に手をつけようとしない。ときどき、怖がってシャーと威嚇をする。
また次の日もクッションの中から出てこず、3日近くトイレをしていないため、私たちは「尿毒症」を心配したが、クッションの中で排尿をしていることを確認し、少し安心した。ただ、水を飲んでいる様子もなく、病院へ連れて行くことにした。体が大きくて普通の猫用キャリーには入り切らないため、犬用のキャリーに入れて向かった。
診察中は大人しくしてくれた。体重は8キロあり、外猫としてはかなり重い。環境の変化による恐怖と、もともとの怖がりな性格があるのかトイレを使ったり、ご飯に手をつけるにも数日かかった。それから数カ月して、やっとケージの中でお腹を見せてくれるようになり、お腹を触ると喜んでくれるようになった。
まだ人がいる時はケージから出てきてくれないが、他の猫とも仲良くなってもらおうと、猫が自由にしている部屋へ引っ越した。すると、すぐに猫同士は仲良くなった。それどころか、トノが移動する先々へメス猫が付いて回り、トノはモテモテだった。
みんな不妊手術はしているが、トノの大きな体が魅力的なのか、メス猫たちが自分の頭をトノの体に擦り付ける。トノは人がいるとケージから出ないため、私たちが隣の部屋へ移動し、身を隠すと、すぐにケージから出てくる。こっそり見ると、そこにメス猫たちが集まってトノを囲んでクルクルと回っている光景はおもしろく見えた。たくさん友達もできて、徐々に人慣れもしてきた。
まだ人に気付くとケージに戻ろうとするが、かんだり、引っ掻いたりすることもなく、ケージの中では私たちに体を好き放題に触らせてくれる。ただし、このままの状態を続けるわけにもいかない。
「いい人と出会ってくれないだろうか」
そこでトノのことを理解し、ゆっくりと見守ってくれる家族を待とうと“里親”募集を始めた。ところが、体が大きいせいか、なかなか声が掛からない。施設見学の際には、多くの方がとトノのことを「かわいい」と言って触れ合ってくれるが、家族に迎えようとしてくれる人はなかなかいなかった。
気が付くと、トノが施設にやってきて2年以上が経っていた。しかし、今年2月になって、大きな変化があった。ある日、いつものようにある家族が施設見学に訪れた。この家族の目的は子猫だったが、事前にネットでトノを見て気になっていたようだ。ご家族のお子さん達は「子猫を迎えたい」と思っていたが、お母さんは大きな猫に憧れがあったようで「トノのことがすごく気になった」と言う。
結局、その日は子猫を希望して帰られた。数日後に連絡が入り、確認すると、もともと予定していた子猫の“里親”希望を取りやめ「トノくんを家族に迎えたい」と言われた。施設を後にしてから、お母さんはトノのことを忘れられなかったそうだ。トノは怖がりな性格であるため「はじめはずっとケージの中から出てこないと思います」と伝えたが「トノくんの好きにしてもらって慣れるまで気長に待ちます」と返ってきた。
トライアルが始まると、予想通りなかなかケージから出てこなかった。しかし、ご家族はトノが初めてケージから1歩出た日、数日後は3メートル、さらにその翌日は5メートルと徐々に部屋から出てくる様子を「差し足忍び足ではなく、重戦車のようにドス、ドス!と走って出てきて、ワァー!と走って帰るのが見ていて面白いです」と楽しそうに話してくれた。そして、予定通り今年の3月に正式譲渡となった。それから2カ月ほどたったある日、うれしい知らせが届いた。
「トノくん、ケージから出て、日向ぼっこなんかして、くつろいでくれてます」
家族の中心でなでなでされ、幸せそうにしているトノの写真付きだった。2年以上もの長い間、保護施設での暮らしが続いたトノ。いまはピッタリのご家族と出会うことができ、殿様気分を味わっているようだった。
(NPO法人動物愛護 福祉協会60家代表・木村 遼)