大番狂わせしたサッカーチームは「未承認国家」から来た? 謎の「沿ドニエストル共和国」に“入国”してみた
ヨーロッパ・サッカーファンが驚く大番狂わせが9月末に起こりました。東欧の“謎の国”からやってきたクラブチーム「シェリフ・ティラスポリ」が、何と王者レアル・マドリードに勝利したのです。その謎の国は、どの国からも承認されていない「未承認国家」だといいます。一体どのような国なのでしょうか。
■レアル・マドリードに勝利した東欧のチーム
現地時間2021年9月28日、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)のグループステージ第2節(D組)、シェリフ・ティラスポリ(モルドバ王者)はレアル・マドリードと敵地で対戦。2-1で勝利し、大番狂わせをしました。この結果、シェリフは下馬評を覆し、グループ1位になりました。
10月25日現在、シェリフはグループD(4チーム)で首位をキープ。3試合を戦い2勝1敗となっています。
シェリフは予選1回戦から登場し、強豪のディナモ・ザグレブ(クロアチア)にも勝利しました。シェリフ・ティラスポリの快進撃はどこまで続くのでしょうか? 次の番狂わせに期待したいです。
■国家承認されていない「沿ドニエストル共和国」
さてシェリフ・ティラスポリは「モルドバ王者」と書きましたが、実はモルドバから事実上独立している「沿ドニエストル共和国」の「首都」ティラスポリを本拠地にしています。
モルドバはウクライナとルーマニアの間にある九州よりやや小さい面積を持つ国です。1991年にソビエト連邦から独立しました。民族構成は隣のルーマニア人(ラテン系)と同じモルドバ人が75%を占め、そのほかにスラヴ系のロシア人やウクライナ人、テュルク系のガガウズ人が住んでいます。
そんなモルドバにはモルドバ中央政府がコントロールできない、事実上独立している地域があります。それがドニエストル川東岸と一部の西岸地域を領土とする「沿ドニエストル共和国」です。
「沿ドニエストル共和国」は独自の国旗、独自の国家、独自の政府、独自の通貨があり、「なーんちゃって国家」ではなく、きちんと国家の体を成しています。しかし、すべての国連加盟国から国家として承認を受けていません。そのような国は一般的に「未承認国家」と呼ばれています。
沿ドニエストル共和国が誕生した背景には、現在のモルドバにあたるベッサラビアをめぐるロシアとの攻防が挙げられます。19世紀、ロシアはトルコとの戦いに勝利し、現在のベッサラビアを獲得しました。
第一次世界大戦後、ベッサラビアはルーマニア領になり「大ルーマニア」が実現。それに怒ったソビエト連邦はソビエト連邦ウクライナ共和国に属していたドニエストル川東岸に自治区をつくりました。これが沿ドニエストル共和国の源といえます。
1940年以降、混乱を経ながらベッサラビアの大部分とドニエストル川東岸にできた自治区が一緒になる形で「モルダビア・ソビエト社会主義共和国」が成立。以降、モルドバはソ連領になりました。
1991年、モルドバはソビエト連邦から独立し、民族的に近いルーマニアに近づきました。一方、主にドニエストル川東岸に住むロシア人やウクライナ人などのスラヴ系住民は政府の方針に反発し、「沿ドニエストル共和国」を建国。最終的にモルドバ中央政府との武力衝突に発展しました。最終的にロシアのサポートを得た沿ドニエストル共和国が事実上の「勝利」を収め、現在に至っています。
■モルドバ本国よりも街が綺麗な沿ドニエストル共和国
筆者は2015年11月にモルドバの首都キシナウからバスに乗り、沿ドニエストル共和国の首都ティラスポリまで行きました。「入国時」の感想はモルドバ本国よりも道や街が綺麗ということでした。
沿ドニエストル共和国にはソ連時代からの工場があり、モルドバ本国よりも経済的には有利な立場にあります。経済格差が影響しているように感じられました。
街を歩くとアジア系の外国人が珍しいのか、チラチラ見られているように感じました。ソビエト連邦時代の国旗や政治スローガンとも相まって「ソビエト連邦はこんな雰囲気だったのだろう」とソ連崩壊時は4歳だった筆者はそのように思いました。
世界には「未承認国家」がある地域がいくつかあります。スポーツなどを通じて、あまりニュースに取り上げられない世界の不思議を発見するのも興味深いものです。
(まいどなニュース特約・新田 浩之)