仲村トオル、知られざる“イケボ”への道 十八番は尾崎紀世彦『また逢う日まで』

俳優の仲村トオル(56)が映画『愛のまなざしを』(11月12日公開)で演じるのは、亡き妻に囚われる精神科医。患者をカウンセリングする場面では、持ち前の低くも心地よい“イケボ”(イケメンボイス)が耳をくすぐる。

そんな声質を褒めると仲村は「“イケボ”ですかあ」と重低音を響かせながら「自分の声については、俳優として常に改善しなければいけない重要なポイントの一つだと思っています」と意外な思いを打ち明ける。“イケボ”は一日にしてならず。自らの声と向き合い、歩んできたキャリアを当人が振り返る。

■何とかしなければと

俳優デビューは、夏休みのバイト探しの一環で“主演俳優募集”の雑誌の記事を見つけ、履歴書を送ってみたのがきっかけ。見事にオーディションに受かって臨んだのが、映画『ビー・バップ・ハイスクール』(1985年)だ。

「クランクイン前にアクション練習はしたものの、俳優としての基礎など習わないまま撮影に入りました。まもなくドラマ『あぶない刑事』(1986年)の撮影も始まりましたが、俳優一人一人がピンマイクをつける今と違って、当時は録音部の方が長い柄のガンマイクだけで俳優のセリフを拾っていたので、ある程度は発声と滑舌の基礎ができていないとキビシイとされていて。何とかしなければと思っていました」。コンプレックスとまではいかないまでも、声に関する意識はデビュー当時からあったという。

舞台の仕事もしたいと思うようになると、自分の声に対する意識も極めて強くなった。「遠くまで届くような声にしたいと、何人ものボイストレーニングの先生のもとへ通いました。今でも先生方から学んだことを意識しながら声を出しています」と見えざる努力をうかがわせる。

■「歌は苦手」は本当のこと?

今から約20年前もの作品になるが、NHKで幼児向けに放送されたアニメーション『メイシー』での仲村のナレーションは語り草だ。我が子に語り掛けるかのような静かなトーンはパパ&ママまでをも癒した。「僕自身長女が幼かったことから、語り掛ける対象をイメージしやすかったのかもしれません。『メイシー』は長女と同じくらいの子供たちに語り掛けることを意識していました。それは今も変わらず、作品や役柄、それを見てくださる方々に適した声を出すことを心掛けています」とこだわりを明かす。

ところで仲村は歌手デビューもしている。しかしネットでは「歌は苦手」との情報も。実際どうなのか?「それはたぶん、昭和の頃にあったアイドル映画の主題歌は主演役のアイドルが歌うというルールめいた流れに身を任せた“仕事”の後遺症でしょう(笑)。俳優としてのボイストレーニングはおろか、音楽的トレーニングも受けていない状態でレコードを出していましたから。自分的にも“これでいいのか?”と思いながら歌っていました。しかし今思えばこれも自分がした仕事ですし、財産だよなあと思ったりもします」と照れつつも懐かしそう。

実のところ歌うのは好きな方で「コロナ禍になる前は、打ち上げの席やパパ友たちとの飲み会のカラオケで歌ったりしていました。レパートリー?尾崎紀世彦さんの『また逢う日まで』、沢田研二さんの『危険なふたり』とかでしょうか。自分の歌ですか?歌いませんね」と破顔する。

■改善すべきところは沢山ある

改善しなければいけない重要なポイントだとデビュー当初から思っていた声が、今では“イケボ”と評されるようになった。仲村は「そう言っていただくと頑張った甲斐があったなあ、と嬉しいです」と喜ぶものの「しかし自分としては、自分が理想とする声に辿り着いたとは思っていません。改善すべきところはまだまだ沢山ありますから」。36年のキャリアを積んでもなお道半ばの心境だ。

主演映画『愛のまなざしを』は、『UNloved』『接吻』に続いて3度目のタッグとなる万田邦敏監督の愛憎劇。「リピーター的にオファーをいただくと、前にご一緒したときの自分の“仕事”が悪くなかったんだと思えるので嬉しいです。それに万田監督の作る映像の質感や独特な演出が僕は凄く好きで。チャンスがあればまたご一緒したいという思いがずっとありました」と喜んでいる。

(まいどなニュース特約・石井 隼人)

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