明治五大監獄の最後の“生き証人” 旧奈良監獄を元刑務官のガイドで巡る貴重な見学ツアー
今から1300年以上前の奈良時代に首都として栄えた平城京。その外京(東側に東西約1.6km、南北約2.1km張出した部分のこと)の北側にあたる「奈良きたまち」が今、なにやら盛り上がりを見せています。
奈良奉行所跡地に建つ奈良女子大学、奈良時代の遺構で世界遺産に登録されている転害門など、ちょっと歩けば1300年の歴史に当たる奈良きたまち。そこに居並ぶ重要建造物の中でも、ひときわ目を引くロマネスク様式の赤レンガの建物が、どうやら盛り上がりの中心のようです。
■この赤レンガの建物は?
奈良きたまちに含まれ、歴史ある町並みを残す奈良市般若寺町。この閑静な住宅街に突如として現れるレンガ造りの建物は、日本最古の刑務所です。奈良監獄として1908年に誕生し、1946年からは奈良少年刑務所に改称し使用されてきましたが、老朽化の問題から2017年に閉鎖。この旧奈良監獄と長崎・金沢・千葉・鹿児島に建てられた5つの監獄を指して「明治五大監獄」と呼ばれています。やはり老朽化により各地で取り壊しが進み、完全な形で現存するのはここだけになってしまいました。
明治五大監獄の建造は、当時の政府にとって国の威信をかけた一大プロジェクトでした。
鎖国を続けていた幕末の日本に、開国を求めてペリー率いる艦船がやってきた黒船来航事件はあまりに有名。その際に締結された日米修好通商条約は、いわゆる治外法権を認めるなど日本に不利なもので、明治維新以降の近代日本に暗い影を落としました。
不平等条約の改正には、日本が欧米列強と肩を並べる近代国家であると示すことが必要。国家の威信回復に重要な役割を果たしたのが監獄の建設でした。なぜ監獄なのか、と不思議な気がしますが、国の人権意識を対外的に示す施設として位置づけられていた監獄を、国際標準化すること。それにより日本が近代国家であると世界にアピールする必要があったのです。
この美しい刑務所を設計したのは、ジャズピアニスト山下洋輔氏の祖父で、司法省(当時)の技師だった山下啓次郎氏。海外8カ国を歴訪して集めた見聞をもとに五大監獄すべてを手掛け、近代的法治国家・日本の成立に大きく貢献しました。
このような歴史的背景と建造物としての価値、そして刑務所とともにある地域住民の支持により、閉鎖決定と同時に国の重要文化財に指定され保存されることに。建物は補強・改修を経て、2024年には歴史的遺産を活用した高級ホテルとして開業予定です。
■地域の財産として
刑務所というと、近寄りがたく、ともすればタブー視されることもある施設。ところが、ここには「地域に愛される刑務所」の姿がありました。償いと更生を心から願い、職業訓練や学習指導に力を注いだ刑務官たちの思い。犯した罪を自覚し、更生に取り組んだ受刑者たちの姿勢。それを見守ってきた地域の温かい目。100年以上に渡って、この場所に根付いている刑務所の姿が浮かび上がります。
そんな旧奈良監獄のことを知り、行政刑罰について考えるきっかけになればと、実際にここで刑務官として勤務したOBたちによるガイドツアーが実現することになりました。企画したのは、産業遺産の保存・活用に取り組むNPO法人J-heritage(兵庫県神戸市)の前畑洋平さん。旧奈良監獄の保存活動に関わるまで、刑務所のことを何も知らなかったと振り返る前畑さんはツアーについて次のように話します。
「刑務所って見たらアカンみたいな心理がある。でも知ろうとしないっていうことが、受刑者を受け入れない社会になってしまってるような気がしてます。この建物の素晴らしさを入り口に、受刑者・刑務官・地域…関わる人のいろんな視点で見てもらいたい」
また、ガイドを担当する刑務官OBは、受刑者のプライバシーには十分配慮しながらも、罪を犯した1人の人間が社会復帰するまでの姿を伝える意義を次のように話します。
「被害者の方から見た時、刑務所の存在があるっていうのが大事やと思うんです。償いをする場所っていう意識で僕らも関わってるから。ただ、刑務所ってそんな極端な場所でもないし、中で何が行われてるかをちゃんと分かってもらいたいから、この場所でできる限りのことをやりたい」
これまでにも内部見学ツアーはありましたが、自由見学のものが多く、入れない場所もありました。OBによるガイドツアーでは、受刑者たちを見守ってきた刑務官の貴重な話が聞けるだけでなく、今まで公開していなかった場所も巡る予定とのこと。数々の映画やドラマの撮影地にもなっている旧奈良監獄、撮影時の秘話なんかも聞けるかも?
前畑さんと刑務官OBの熱い思いに応えた旅行代理店のクラブツーリズムが開催するガイドツアーは、募集開始直後からかなりの人気。すでにキャンセル待ちとなっている日も出ているようなので、最新の情報はクラブツーリズムの旧奈良監獄スペシャルサイトで要確認です。今からでも申し込み可能な自由見学ツアーもあるほか、来春にも、ガイドツアーなどが企画されているとのこと。
当時の姿を留める名建築を巡りながら、刑務所という閉ざされた世界の中にあった日常に出合える貴重な機会となりそうです。
(まいどなニュース特約・脈 脈子)