あなたはどこの子?人懐っこいキジトラの迷子猫…唯一の手がかりは避妊手術時のサージカルワイヤー

 「家に野良猫が来ていて子供が触るので、病気がないかどうかみてください」

お近くにお住いのSさんからお電話がありました。私は「検査で病気が無ければ、飼う予定なのかな?」と思いながら診察に向かいました。

診ると、そのキジトラ猫は子猫ではありませんでした。風邪をひいている訳でもなく、弱っている様子もなく、むしろ小柄ではあるけれどもややぽっちゃりしていて、足元もきれいでした。そして何より、人間を見ると走り寄ってきてスリスリゴロン、するのでした。

「野良猫じゃないな…」。年齢は1歳ちょっとでしょうか。

いろいろ思い巡らせながら身体検査を進めていると、腹部に細く硬く触れるものがありました。それは金属製の縫合糸(サージカルワイヤー)でした。位置からして、それは避妊手術時のものではないかと推測しました。

ただし、手術時には腹部の被毛を剃るはずですが、このキジトラ猫は剃った領域がわからないほどに被毛が伸びていましたので、手術したのは1カ月以上前だろう…となると、多くは生後半年で避妊手術をするので、このキジトラ猫は生後7カ月くらい?もう少し経っているように思えるけど…などと、思いは巡るのでした。

■保健所や警察に問い合わせをするも…迷子届は出ていない

Sさんは、保健所や警察に問い合わせをされたそうなのですが、このキジトラ猫の迷子届は出ていないとのことでした。Sさんには猫アレルギーがあるため、家の中で預かることが出来ず、どうしたものかというご相談をいただき、当院がしばらく預かることになりました。

さて、その先が問題です。キジトラ猫は誰かに飼われていたことは間違いないので、まずは飼い主さんを探すべきです。しかし、届け出はありません。もしかしたら、事情で飼い主さんは捜索してほしくないのかもしれない…想像は際限なく広がります。

猫は非常に怖いことがあると、2階にいてもベランダから飛び降り、室内にいても網戸を突き破り、とっさに逃走してしまいます。猫がそうやって屋外に出た後、たまたま停車中の宅配便などのトラック荷台に乗り込んでしまい、遠くまで運ばれてしまう事例も、私は経験しております。

しかし、避妊手術にサージカルワイヤーを使用している…というのは、かなり有力な手掛かりでした。避妊手術で皮膚を縫合するときに使われる糸には、いろいろな素材のものがあります。しかし、金属製を使うのは少数派です。

■飼い主を探す…ヒントは避妊手術に使ったサージカルワイヤー

翌日から、Sさんと私は手分けをして、キジトラ猫の飼い主さんの捜査にあたりました。ネット掲示板に情報を掲載し、SNSで情報を拡散し、県内の動物病院にも情報をメールしました。私から周辺の動物病院に1件ずつ電話をかけて、避妊手術にサージカルワイヤーを使用していないかを確認しました。すると、1件だけ、サージカルワイヤーを使用している動物病院が見つかりました。しかし、その動物病院の患者さんから、猫が居なくなったとの連絡は受けていないとのことでした。その先の捜索には、その動物病院の多大なる協力が必要です。迷子届も出ていない猫に、どこまで捜索するかは非常に迷いました。

自分の病院だったら、私は名探偵コナンになりきりで喜んでカルテを探すのですが、他の病院のことですので、その病院院長の心意気次第です。親切な先生でありますように…恐る恐る、カルテを探し出していただきたい旨のお願いをいたしました。1カ月ずつカルテをさかのぼり、避妊手術をしたキジトラのカルテを探し出し、その猫ちゃんがちゃんとご自宅にいるかどうかを確認する作業…なかなか時間と労力がかかります。

ありがたいことに、その動物病院はとても親切に調べてくださいました。6か月まで遡って…そして、遂に飼い主のFさんが見つかりました!

■脱走時よりぽっちゃりで「本当にうちの猫?」

その翌日、Fさんが当院に来られ、預かっているキジトラ猫と対面されました。最初、「本当にうちの猫かしら??」と確信が持てないご様子でしたが、鳴き声やしぐさをご覧になっているうちに確信を得たようで、次第に嬉しそうなお顔に変わっていきました。

お話をうかがいますと、キジトラ猫が逃走した当初は、もっと痩せていたとのことでした。推測どおり、避妊手術をして退院した直後に逃走したのでした。病院へ連れていくときは、しっかり洗濯ネットに入れた後にキャリーケースに入れたのですが、帰りは…ただ帰るだけなので、そのままキャリーケースに入れて車に積み込もうとした瞬間、キャリーケースの扉が開いて、一目散に逃げてしまったそうです。そして、残念ながらFさんはSNSなどを全く利用されておられませんでした。どうりで全く情報が入って来ないはずでした。キジトラ猫がいなくなった後、Fさんは避妊手術を行った動物病院に連絡を入れ、翌日翌々日は周辺を探されたそうです。しかし、それからすでに6カ月も経ってしまい、その動物病院も忘れておられたようでした。

保護された場所は、逃げた場所からおよそ1km離れた川沿いでしたが、その町に行くまでには交通量の多い大きな道路を渡らなければならず、私はよく車に轢かれなかったなぁと思うと同時に、この夏はどこでどんな風に過ごしていたのだろうと想像しました。川沿いで夏だったので、蝉などの昆虫や小動物を食べていたのかもしれません。私は「キジトラ猫ちゃん、どうやって暮らしていたの?」と聞いたのですが…キジトラ猫は、スリスリゴロンしかしてくれませんでした。

   ◇   ◇

その後、Sさんも当院に来られ、キジトラ猫を発見してからこれまでの経過をFさんにお話され、その場にいた病院スタッフ共々全員で喜びを分かち合いました。Sさんは、もし飼い主さんが見つからなかったら…最後の手段で、実家に連れて行こうと段取りをされておられました。キジトラ猫ちゃんが当院で過ごした3泊4日間が終わってみると、私は病院に彼女がいないことに寂しさを感じましたが、Sさんも、「飼い主さんが見つかって本当にとても嬉しいのです。でも、良かったなぁと安心した気持ちと同時に寂しさでいっぱいです」と、後からメールをいただきました。

飼っておられる猫がいなくなったら、まずは届け出をしましょう。①最寄りの保健所・動物愛護センターに迷子届を提出、同時に保護届が出ていないかを問合わせる、②警察署に遺失物届を提出して、同時に拾得物としての猫の届け出を確認する、③今回のように誰かに保護されて病院に運び込まれる可能性を考え、近隣の動物病院に連絡を入れておく-以上のことをしたのち、SNSで拡散し、迷い猫情報を収集しましょう。ペットの迷子情報を掲載しているサイトもあります。

(獣医師・小宮 みぎわ)

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