「聴こえにくい」をそのままにしないで!知っておきたい「認知症」と「難聴」の関係性
日本は超高齢社会に突入し、今後もさらに高齢化は加速していくと推測されています。2025年には65歳以上の5人に1人が認知症を発症するといわれるほど認知症は身近な病気であるにもかかわらず、認知症の早期発見・早期治療の必要性についてはまだ広く知られていないのが現状です。
認知症を引き起こす要因はさまざまですが、難聴が大きな要因となっていることはあまり知られていないのではないでしょうか?認知症は脳の病気であるため、難聴と関係がないように感じるかもしれませんが、実は「社会とのつながり」に視点をおくと認知症発症と大きなかかわりがわかるのです。
■なぜ難聴が認知症発症の大きな要因となるのか?
難聴になると相手の言葉を聴きとりにくくなることから、相手に何度も話を聞き返すのをためらうようになる方が多くいます。また、会話そのものに対して消極的になることから社会的に孤立してしまい、周りからの刺激を受ける機会が減少し認知症のリスクが上がると考えられています。海外の研究結果によると、中年期に難聴があると高齢期に認知症になるリスクが約2倍以上上がるというデータもあるほど。
ただし、加齢による聴力の低下は徐々に起こるため、周囲はもちろん本人も自覚がないまま進行することがよくあります。理解されにくいという側面も、難聴が周囲との孤立を招く要因の一つになっているでしょう。
■補聴器が普及しない原因は?
日本は高齢化に伴い難聴の方が多くいるにもかかわらず、補聴器の普及率は低い状況があります。
その背景には、補聴器の機能やコスト・調整などの課題があります。
一般的な補聴器の費用は1台約30万円、5年に1回買い替える必要があることも考慮すると高額な費用が必要です。また自分の声が拡声器のように聞こえたり、ボリュームを上げると会話以外の雑音まで大きく聞こえるため、会話に集中できないといった課題があります。補聴器の調整には店舗に行くか、業者に出張料を支払い来てもらう必要があります。手軽な価格帯である集音器の場合、ノイズが大きく外出先で使用することが難しいといった課題があります。
■難聴の方が「使いたい」と思える集音器との出会い
筆者がよく知る難聴の女性の方は、最近スタイリッシュな集音器を使っています。なぜ補聴器ではなく、集音器を使っているのか聞くとその答えは「使いやすいから」でした。
彼女が使っているのは「able aid」(エイブルエイド)というものです。「able aid」とは、自分が聴きたい音だけを選んで聴くことができる「フォーカス機能」が搭載されている集音器です。搭載された4つのマイクを使って、その人が向いている方角の音だけをクリアに抜き取るといったテクノロジーを活用しています。「補聴器は全部の音が大きく聞こえるけど、これは話してる人の声だけがよく聞こえる」と彼女は説明してくれました。
また年金で生活を送っている彼女にとっては、一般的な補聴器と比較すると3万円程度と低コストであることも魅力と話してくれました。スマートフォンで簡単に調整できるため、24時間いつでも自分に合った聴こえ方にカスタマイズでき、店舗に足を運んだり、予約して業者を呼ぶ必要がないのも大きなポイントと笑顔で話していました。
これらは難聴者の真のニーズを捉えた画期的な機能であり、まさに難聴者の思いを形にしたものだと感じました。
福祉施設で働く筆者は、いまも多くの認知症の方や難聴の方とかかわっています。「able aid」は、そういった方たちの課題である「社会とのつながり」のヒントになると思いました。そこで、なぜこのような集音器を作ったのか、代表者の方にお話を伺いました。
■開発から商品化までに3年…エンジニアたちの思いとは?
「able aid」はテクノロジーに精通したエンジニアを中心に開発されました。開発のきっかけは代表者の祖母が難聴になったことです。祖母は補聴器を持っていましたが、複数人が話すと会話が聞き取れないことからなかなか使用してくれなかったそうです。補聴器を祖母に購入した代表者の父から、「テクノロジーに詳しいのであれば、補聴器をなんとかしてくれないか」と言われ、祖母と同じような悩みを抱えている方をテクノロジーの力で一人でも多く幸せにしたいと思い、開発にとりかかりました。
しかし、どのように聞きたい人の声だけを選ぶことができるのか…。この答えを探し出すうちに1年が経過し挫折しかかったあるとき、人は会話するときに目と目を合わせるということに気づいたそうです。それから4つのマイクを搭載し、音が入ってくる角度や時間差から自分が向いている方向の音だけをクリアに抜き取ることができるようになりました。
その後、集音器の試作ができ、量産するために中国へ渡りましたが、納得のいくものができず…。約8カ月の中国滞在を経て日本に戻ってきてからは、国内の工場を探す日々でした。しかし、「able aid」のような精密機器の生産はとても手間のかかる作業であったため、30以上の工場を回っても首を縦に振ってくれる工場は見つかりませんでした。そんな中、偶然出会った鳥取県の企業の代表の方が「より多くの人を幸せにしたい」という思いに強く共鳴してくれ、サポートしてくださることになったのです。そして、ようやく工場での製造に入り、何度ものトライアンドエラーを繰り返した後、「able aid」が誕生しました。
「able aid」が完成するまでにいくつもの困難が立ちはだかり、時には挫折しそうになることもあったそうです。でも、「世の中をよくしたい」という想いに共感しサポートしてくれた周囲の方々や、製品化を期待する難聴者の方々がいたからこそここまでたどり着くことができた、と代表者の方はおっしゃっていました。
■人と人、人と社会の架け橋に…
たくさんの困難を乗り越えて誕生した「able aid」。そこには開発者だけでなく、その想いをサポートする企業やさまざまな人の願いが集まっています。
いままで補聴器を拒み、また人との会話を避けていた方が「able aid」を通して笑顔になっていく姿は、人と人との距離が遠くなっているこの時代を明るくしてくれるのではないかと思います。
実際に「able aid」を使った方たちからは、「にぎやかな場所でも、対面する人の声が聞き取りやすくなった」「騒音のストレスが減った」「アプリで自分好みの音にカスタマイズできるのがうれしい」といった声が寄せられています。また「補聴器の電池交換を毎回人にお願いするのが億劫だったけど、これならUSBで簡単に充電できるのがいい」といった声もあり、当事者ならではの悩みも発見できました。
超高齢社会である日本が抱える課題。それは高齢者をどう皆で支えていくのかということでもあります。難聴は認知症の要因であると同時に、自分らしさを失ってしまう可能性もあることを忘れてはいけません。「able aid」のように聴こえをサポートする集音器が、人と社会の架け橋になることを期待しています。難聴の方とのコミュニケーションを積極的に図ることや、画期的な商品を紹介することもいま自分ができる人と社会の架け橋となる一つの方法であると感じています。また難聴の方の聴こえをサポートするものを活用することで、認知症の発症リスクの減少につながるのではないでしょうか。多様性や変化に柔軟に対応していくことが必要ないま、これまでの「当たり前」を日々アップデートしていく必要があると強く感じました。
(まいどなニュース特約・長岡 杏果)