工場で見つかった“凶暴”な子猫の行方は…「このままだと可哀想すぎる」 保護してみると見違える可愛さに
2020年7月、当団体のスタッフで宝塚市在住のYさんから相談の連絡が入った。Yさんの弟が、会社の倉庫で子猫を保護したと言うのだ。弟さんはその日、いつも通りに出勤して仕事の準備を整えていると、倉庫から猫の鳴き声が聞こえてきた。そこで床置きのパレットの隙間をあちこち覗くと、1匹の子猫を発見した。子猫は茶トラ柄で生後4カ月ほどの大きさだった。
「どこかから迷い込んでしまったのかな?」
Yさんの弟は仕事の関係上外勤が多いため、子猫についてはこの時初めて気がついた。しかし、1週間ほど前から数名の社員は残業中の人が少ない時に「ニャーニャー」と助けを求める鳴き声を聞いていたそうだ。
1人の社員に声をかけ、子猫を助け出そうと試みた。捕獲器や網など捕獲できる物がなかったため、素手で捕まえることに。しかし、子猫は倉庫内を逃げ回り、すぐに捕まえることはできない。気が付けば外勤の時間が迫り、子猫のことが気になりながらその場をあとにした。
その間、内勤の社員数名が保護作業を行っていたが、子猫は怯えていたのか、とても攻撃的で手が飛んでくる。素手でやっと捕まえた社員は、手を引っ掻かれながらも何とかダンボールへ移し、保護することができた。
少しでも隙間があると必死に飛び出そうとするため、逃げないようにダンボールはガムテープで止められていた。子猫が気になり、ダンボールの隙間に手を入れた人の中には引っ掻かれた者もいたそうだが、ミルクを与えると飲んでいたらしい。
社員が集まり、会社の事務所で「さあ、この子猫をどうする」と話し合いをしていたところ、そこへ弟さんが外勤から戻ってきた。Yさんの弟は子猫が暴れた話を聞き「凶暴だけど、小さくて可哀想」と思ったそうだ。周囲は企業工業地帯にある工場のため近くに民家はなく、大通りを挟んだ大きな公園しかない。
「あそこの公園で生まれて、親猫と逸れてサバイバル生活をしていたのかな?」と想像した。しかし一部の社員からは「保健所行きが子猫のためにも幸せやろ」といった非情な発言があり、その発言を聞いたときは“誰か飼える人はいないか?”と考えようともしないことに驚いたそうだ。
また、怯えたような鳴き声が聞こえるダンボールを足でツンツン蹴る同僚もおり、それを見てショックを受けた。
「このままだと可哀想すぎる!」
そう思ったものの、Yさんの弟の奥さんはペット飼育の経験がないため、家族の負担を考えて急に家へ連れて帰ることもできず困っていた。そこで、ちょうど保護猫活動の手伝いをしている姉のYさんに相談。そこから早速当団体に連絡が入ったというわけだ。
当時、当団体では子猫の保護が続いており、すぐに保護をすることが難しかった。そこで子猫の預かりボランティアを検討していたYさんに「預かってもらうことは可能ですか?」ともちかけ、快諾してもらった。
急遽、ケージなどの保護に必要な備品をYさんの自宅へ運び、適切な指示のもと、子猫の預かり生活がスタートした。子猫は初め怯えていたそうだが、しばらくすると体をなでさせてくれた。凶暴と聞いていたのがまるで嘘のようだった。Yさんは「よほど怖かったんだなぁ。もう大丈夫だよ」と声をかけた。
弟の勤務先である金属加工工場で保護されたため、茶トラ柄の子猫に名前を「鉄」と命名した。鉄はとても愛らしい顔をしていたが、全体的に体が黒っぽく汚れていた。まだ怯えていたため怖がらせないように風呂は避け、慣れるまではペット用体拭きシートで綺麗にしてあげた。
数日後、Yさんから鉄の近況報告で当団体へ送られてきた写真では、みちがえるように可愛くなっており、驚いたものだ。一方、Yさんの弟は家族と話し合い「里親になる!」と一度は決めたが、諸事情があったため、断念することに。その後、譲渡会で里親探しも検討したが、鉄はすっかり懐いており、Yさんは里親になることを決心した。
Yさんの家には先住猫で6歳のアメリカンショートヘアのオス猫「ジョー」がいる。おっとり温厚な性格のジョーは人が大好きで、来客者のズボンで爪を研ぐこともあるそうだ。ペットショップで縁があり、飼うことに。猫社会の経験なしの「オッサン猫」だ。2匹の関係はどうなるのだろうか、と気になった。
ところが、Yさんの家にやってきた鉄は、甘えん坊でよく鳴いて自分の立場を主張するという。ジョーにも積極的に甘えるが、ただ、その方法に問題あるそうだ。後方からいきなりタックルして飛びかかったり、寝ている懐へ潜り込み、薄目を開けている。ジョーが嫌がっても知らん顔で寝たフリを強行する強者だ。なにせ甘え方がワイルド過ぎるが、ジョーは特に怒らず、たまに「ニャー」と悲鳴をあげている。
Yさんによると、その模様を例えるとは鉄が「ワイルドなヤンキー猫」でジョーが「温厚な市民のオッサン猫」といった様子だという。
しかし、ジョーも時々反撃することがあるそうだ。鉄がトイレする姿をこっそり狙い、砂かけが終わったのを確かめ、まるで鉄のリラックス直後を狙って飛びかかって、運動会がスタートすることもある。また、鉄は保護される前の公園での幼少サバイバル生活が忘れられないのか、それとも虫を食べていたのか分からないが、緑色のインゲン豆でよく遊ぶそうだ。
家庭菜園で収穫したインゲン豆をテーブルに広げて見せると、催促の肉球がしつこく、ひとつ与えるとずっと上下ジャンプしながら遊んでいる姿は可愛らしく、まるでキツネの狩りのようで癒される光景になるそうだ。
先住猫ジョーが1匹だけのまったり生活から一転し、賑やかになったYさんの家族。おかげでジョーも若返ったのか鳴き声も高くなり、激しく遊ぶ時間も増えたそうだ。
縁があってYさんの家にやってきた鉄は、すっかり家族のムードメーカー的存在になっている。
(NPO法人動物愛護 福祉協会60家代表・木村 遼)