コロナ終息を祈願し、ユネスコ世界遺産の仁和寺で奉納された伝統芸能「今様」とは
伝統芸能の「今様(いまよう)」をご存じでしょうか。平安時代後期から鎌倉時代にかけ、庶民から貴族にまで流行した歌のこと。それを今の世に復活させた「日本今様謌舞楽会」(京都市、石原さつき2代目家元)がこのほど仁和寺で奉納し、コロナ終息などを祈願した。2度の延期を乗り越えた有観客イベント。境内には優雅な雰囲気が漂い、参拝者の注目をひときわ集めていた。
厳かな中にも華やいだ雰囲気での「今様」奉納となったが、ここに至るまでは紆余曲折があった。
コロナ禍のいま、伝統芸能は最も深刻なダメージを受けているジャンルのひとつで、平安の雅をいまに伝える「今様」もしかり。年明けの「今様はじめ」「成人を祝す伝統芸能大会」などの新春行事に続き、2月の八坂神社での節分イベント、春の嵐山での催しも相次いでキャンセルとなった。
今回の仁和寺での奉納も実は2度の延期となり、この11月21日にようやく開催にこぎつけたもの。「日本今様謌舞楽会」にとっては、待ちに待った1日になったのは言うまでもない。2代目家元の石原さつきさん(78)も朝から落ち着かない様子だったという。
「今回の奉納はコロナ前に決まったいたもの、ですが、昨年の3月ごろからほとんどの舞台や奉納が中止や延期になりましたからね。仕方ないこととは言え、これは困ったことになったと頭を悩ませていたんですよ。だから今回、奉納でき、とっても喜んでいます」
この奉納が注目を集めた理由として仁和寺という場所が挙げられる。遅咲き桜としても知られる御室仁和寺は、仁和4年(888年)に建立され、真言宗御室派の総本山。皇室ともつながりが深く、高い格式を持つ。境内には五重塔や二王門があり、1994年には世界遺産に登録されている。
また、敷地は15万坪もあり、広い境内の山側には弘法大師をお祀りしているお堂が点在。これは四国八十八カ所の写しとされ、約2時間掛けて巡ることができ、成就すれば本場の四国八十八カ所と同じご利益を得ることができるというから機会をみつけてトライしたいものだ。
だが、それ以上に有名になったのは、この10月に将棋竜王戦の舞台となり、豊島将之竜王と藤井聡太三冠(当時)が対局したことだろう。その会場となったのが仁和寺の中でも最も重要な大広間の「宸殿」だったのだが、今回の「今様合」も同じ場所で行われた。
参加者はスタッフと仁和寺側を合わせ18人。午後から”平安絵巻”が繰り広げられた。出演者の1人は「門跡寺院として最高の格式を持ち、ユネスコの世界遺産でもある仁和寺で念願の奉納ができましたことは何よりです。広い境内を行列し、金堂にて正式参拝。歩を進めながら身の引き締まる思いでした」と感激しきりだった。
また別のスタッフは「今回は総本山仁和寺門跡瀬川大秀大僧正猊下、総本山仁和寺執行長吉田正裕様にも歌人として、ご参加いただき、今様歌をお作りいただいた。大変、光栄な事でした」と話していた。
「今様合」とは平安時代に流行した貴族の遊びで人気のあった合わせもののひとつ。和歌や絵などを2組に分かれ、その優劣を競った。これを後世に継承しようと1948年に「日本今様謌舞楽会」が設立され、78年から石原さんが2代目を継承。文学、歴史、芸術、舞踊の専門家のアドバイスを受け、今風にアレンジし、舞と歌声、楽器など体裁を整えていった。
奉納の儀式はまるで時代がタイムスリップしたような印象。平安装束を身につけ、優雅な舞いも演じられ、参拝者をうっとりさせていた。ゆったりとした、ぜいたくな時間の流れ。ただ、どちらに軍配が上がったのは初心者には難しく、そこがまた奥ゆかしさを感じさせてもくれた。
「宸殿の雰囲気が、平安時代のありようを伝える今様にぴったりでした。コロナ禍が早くおさまるよう、また来年の御室桜、秋の紅葉が楽しめるよう、祈りをこめて奉納いたしました」と石原さん。次回は来年1月10日、八坂神社にて「成人の日」に奉納を予定している。一度、平安の雅に触れてみてはいかがだろうか。
(まいどなニュース特約・山本 智行)