「カメ止め」記録的ヒットの裏で自分を見失っていた スランプに苦しんだ上田慎一郎監督が放つ新作の様子がおかしい
公開館数わずか2館から350館へ-。最終的に興行収入31億円を叩き出し、2018年の日本映画界を席巻した「カメラを止めるな!」の上田慎一郎監督は、あまりにも巨大なヒットの“後遺症”により、しばらく自分を見失うほどのスランプに陥っていたという。2022年1月に公開される最新作「ポプラン」は、そんな上田監督が長年温めてきた「まだ誰も見たことがないエンタテインメント映画」。社会的な成功を収めた男の大事な「イチモツ」が、ある朝突然なくなってしまう物語である。……何を言い出したの?
■巨大すぎるヒットの呪縛…脚本も全く書けなくなった
国内はもとより海外でも数々の映画賞に輝き、著名なクリエイターたちもこぞって絶賛。まさに社会現象となった「カメ止め」旋風の中心にいた上田監督は、その後も3人共同監督の「イソップの思うツボ」や劇場用長編第2弾となる「スペシャルアクターズ」(いずれも2019年)、「100日間生きたワニ」(2021年)と、コンスタントに作品を手掛けてきた。コロナ禍で撮影現場がストップした2020年には、完全リモートで制作した「カメラを止めるな!リモート大作戦!」を発表。柔軟な発想とフットワークの軽さで存在感を示した。
しかし、実はその裏では深刻なスランプに苦しんでいた。
「『スペシャルアクターズ』のときに脚本を全く書けなくなりまして…。『カメ止め』のヒットによるプレッシャーはやっぱり大きかったです。ヒットの直後は、いろんな人からいろんなことを言われました。『また「カメ止め」みたいな作品を作って』とか、『いや「カメ止め」とは全然違うものを』とか、それこそ映画作りのアドバイスみたいなこととか。自分が何を考え、何を良いと思っているのかがわからなくなったんです」
「ヒットの後遺症? そうですね…呪縛というか。でもスランプ自体は、映画を作ることで少しずつ乗り越えてきているようには感じます。この作品を撮ったのは2020年の9月とかで、その間にもいろいろ作っていましたから」
■設定はキワモノ、しかし中身は王道!
そして満を持して放たれる「ポプラン」は、パニック映画であり、コメディであり、そして自分探しのロードムービーでもあるという雑多な要素が入り混じった異色作。「なくしたイチモツを探す」というなかなかにトリッキーな設定だが、構想自体は10年前からあったそうだ。
「自主映画をせっせと作っていた20代の頃は、誰に頼まれたわけでもないのに1週間に1本、オリジナルの企画を考えることを自分に課していました。『ポプラン』はそのときに思いついた作品のひとつ。設定だけ聞くとイロモノ、キワモノの類ですけど、中身は意外と王道なんです。まず、そのことはしっかり伝えさせてください(笑)」
「とはいえ、都会で成功した人が大切なもの(本作ではイチモツ)を失い、田舎に帰って何か(本作ではイチモツ)を取り戻すという、言ってみれば世界中に山ほどあるストーリー。そこに全く無関係なカルト的要素(本作ではイチモツ)を掛け算することで、『笑えばいいのか感動すればいいのか…一体これは何なんだ!?』と観客が戸惑う珍妙な映画を作ろうと思いました」
そう、実は「ポプラン」の主人公には、「カメ止め」でクリエイターとして大成功を収め、環境が一変してしまった上田監督自身の身上も投影されているのだ。
「脚本も10年前に書いたものからはずいぶん変わりました。今だからこそ描ける『成功した後に訪れた壁』みたいなものをテーマにしてみたかったんです。あの頃は『映画監督としてメシが食えるようになったらゴール』だと思っていましたが、実際そこに立ってみたら全くそんなことはありませんでした。むしろ、そこに立ちはだかる壁が思っていた以上にぶ厚く、そして高い。今まさに成功して壁にぶつかっている人や、夢を追う中で何かを諦めてしまった人たちにも響く映画になっていれば嬉しいです」
本作に限らず「自分が見たいけど、まだこの世にない映画を作っている」と語る上田監督。「世界中にいる自分のような人にも届いてほしい」。イチモツを取り戻した上田監督の言葉は、心なしか力強かった。さあ、ここからですよ!
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「ポプラン」は2022年1月14日(金)、テアトル新宿ほか全国公開。
(まいどなニュース・黒川 裕生)