「キミがいたからリハビリがんばれたよ」…入院中の子どもたちに寄り添う「ファシリティドッグ」が秘める無限の可能性
入院生活というのは、治療や検査などが続き、不安や恐怖にとらわれやすい環境です。大人でもつらいその環境は、子どもなら尚更でしょう。特にコロナ禍では、家族の面会制限などもあり、さらに不安な日々を過ごすこととなりました。そんな中、子どもたちの側に寄り添い続けたのが、病院で働く「ファシリティドッグ」です。それまでと変わることなく平日は朝から夕方まで病院内に常勤し、「病院職員」として子どもたちの元へ訪れました。2010年、静岡県立こども病院に、初めてのファシリティドッグ・ベイリーが就任。その後、ヨギが2代目となり、2021年9月には3代目タイへバトンタッチしました。
■病院に常勤するファシリティドック
ファシリティドッグより先に、日本で認知された心のケアを仕事とする犬のイメージといえば、セラピードッグではないでしょうか。しかし、ファシリティドッグとセラピードッグには役割に違いがあります。セラピードッグは、動物介在活動(AAA: Animal assisted activity)を目的とし、犬と触れ合うことで癒やしや心の安定などをはかります。従事している犬も、多くは基本的なしつけを受けた家庭犬。ハンドラーも飼い主であることが多く、一般的に月に数回施設などを訪問というような活動となります。
ファシリティドッグは、動物介在療法(AAT: Animal-assisted therapy)を目的とし、専門的な治療行為として犬が関わり、治療を受ける相手に合わせた補助療法を行います。ハンドラーも訓練を受けた看護師など医療従事者であり、治療効果の評価まで行います。また盲導犬や介助犬などにくらべ、ファシリティドッグの適性を持つ犬はとても少なく、使役犬を育成する専門のブリーダーから選ばれることがほとんどです。人が好き、人と遊ぶのが好き、攻撃性が低いなどの理由から、ラブラドール・レトリバーやゴールデンレトリバーが多いようです。一番の違いは特定の施設に常勤し、状況に合わせて治療に参加できるということでしょう。
■ベストを着るとスイッチオン!お仕事モードへ
3代目のファシリティドッグに就任したタイ。性格は明るく天真爛漫、お仕事以外では、散歩に行ってボール遊びをしたり、芝生でゴロゴロすりすりしたり、泳ぐのも大好き。普通の犬と変わらない姿を見せます。それが、ベストを着たとたん仕事モードへ。
仕事中は吠えたりすることはもちろん、走ったり、臭いを嗅ぎまわったり、その他勝手な行動をすることもないそうです。ハンドラーの谷口さんと常にアイコンタクトをとり、指示を待ち、ハンドラーの谷口さんや子どもたちに褒めてもらえると、しっぽをブンブン振って喜ぶとか。その様子からも、人と関わることや一緒に遊ぶことが好きな、ファシリティドックに必要な要素を持っていることがわかりますね。
ハンドラーの谷口さんに、タイと過ごす中で気をつけていることを聞いてみました。
「お仕事中は、タイが楽しんでお仕事ができるよう、ハンドラーも楽しい気持ちでタイに接しています。常にポジティブな言葉をかけ、アイコンタクトや簡単なコマンドでコミュニケーションをとり、タイが飽きないように配慮しています。お休みの日は、タイが思いっきり遊べるように、自然豊かなところに行ったり、大好きなおもちゃで遊んだり、一緒にリフレッシュします」
病院でのお仕事中は、1時間毎にお昼寝時間もあり、余裕を持ってお仕事ができるようファシリティドッグの健康面に配慮された規定もあるそうです。
■「タイくんがいてくれたから、リハビリをがんばれたよ」
ファシリティドッグは、要望があれば、手術へむかう子どもの側で麻酔導入まで付き添ったり、ベットから動けない子に添い寝したり、最期を看取る時にも同席したり、薬の飲めない子やリハビリの応援などたくさんの治療に関わります。
タイと、ある子どもさんのお話を伺いました。足のリハビリのために入院してきたAくん。生まれつき足が悪いことを気にしており、リハビリに行くことも憂鬱そうに見えました。そこで、タイの出番です。
触れ合いから始め、リハビリの見守りから、横について一緒に歩くなど、Aくんに寄りそい続けました。その結果、リハビリへの意欲が出て、「タイくんがいてくれたから、ボクはリハビリをがんばれたよ。タイくん、本当にありがとね」とAくんは笑顔で退院されたそうです。
しかし、このような活動が初めから当たり前にできたわけではありません。すべては、初めてのファシリティドッグであるベイリーあってのものです。
■日本初のファシリティドッグ・ベイリーの功績
2009年にハワイからファシリティドッグであるベイリーが、初めて日本にやってきました。しかし当時、感染面や子どもに危害を加えるかもなどの懸念から、なかなか理解をしてもらえなかったとか。やっとのことで、静岡県立こども病院が受けいれてくれたものの、初めは週3回の勤務から始まり、子どもに会う場所も廊下でなど制約がありました。
そんな時に、声を上げたのはなんと子どもたちでした。ベイリーと毎日会いたい!と院長に直談判し、週5日常勤になったのです。その後は、ベイリーの実績と犬柄とでもいうのでしょうか、次々に関わる人たちを虜にしていき、手術室やICUまで入室できるようになりました。
2018年に引退したベイリーは、残念ながら2020年に虹の橋をわたりました。ベイリーは、これからもベイリーが残した功績とともに、たくさんの人の心に大切な存在として残り続けるでしょう。
■ファシリティドッグが広がらない大きな壁
ベイリーが残してくれた道は、今も4つの病院で後任のファシリティドックが引き継いでいます。しかし、11年の活動で4カ所というのは、心のケアが必要な子どもたちにくらべ、とても少ない気がしますよね。一番の大きな壁は金銭面にあります。
ファシリティドッグ活動費は、初年度導入に1200万円、その後も毎年ハンドラーの給料やファシリティドッグの養育、健康管理等におよそ1000万円必要です。新規で導入したい希望はあっても、その金額の大きな壁がなかなか崩せないのです。
理由として海外と違い、日本は寄付活動などの社会奉仕が浸透していない、苦しい病院経営の現状が考えられます。これからもファシリティドックが、子どもたちのそばに寄りそい続けられるよう、もっとたくさんの病院で子どもたちに寄りそえるよう祈るばかりです。
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ファシリティドッグは、認定NPO法人シャイン・オン・キッズの取り組みのひとつです。認定NPO法人 シャイン・オン・キッズは、小児がんや重い病気と闘う子どもとその家族を支えることを目的に、いろいろな取り組みを行っている団体です。12/16までクラウドファンディングを行っています。
(看護師ライター・mie)