離婚を考えているが「猫の養育費」は請求できる?「女ひとり猫一匹の暮らしが不安」 弁護士に聞いた
離婚を考えている方から、これまで育ててきた「猫の養育費」を請求できるか相談がありました。ペットに関する法律問題を取り扱っているあさひ法律事務所・代表弁護士の石井一旭氏が解説します。
【相談】離婚を考えています。子どもはいませんが、猫を1匹飼っています。都合のよい時だけ可愛がる夫に、世話をまかせられるわけはなく、自分が引き取りたいと思っています。しかし、女ひとり猫一匹の離婚後の生活には不安があります。夫に「猫の養育費」の支払いを求めることはできますか。
■人間の養育費のように請求する権利があるわけではないが、支払うよう取り決めることは可能
▽1 養育費とは
ご相談に答える前に、まず「養育費」とはどのようなものか、整理しておきましょう。
子どもは、社会的に自立できるようになるまでの間、親権者から生活に必要な費用を補助してもらわなければなりません。この費用を一般に養育費といいます。言い換えると、子どもは、親に対して、自分の養育費を支払うよう請求する権利(養育費請求権)を持っています。
民法766条1項は、次のように定めています。
「父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者その他監護について必要な事項は、その協議で定める。協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、これを定める。」
この条文に従い、離婚することになった場合、父母が話し合って、子どもが社会的に自立するまでの養育費をどちらが負担するのか、養育費の金額や支払方法等、監護について必要な事項を決めなければなりません。夫婦間で合意ができなければ、家庭裁判所に離婚調停を申し立て、裁判所の調停手続を利用して話し合いをしていくことになります。調停による話し合いでも合意ができなければ、審判で家庭裁判所の裁判官が決定します。
▽2 ペットに養育費請求権はあるか
このように、養育費は子どもが親に対して請求できる権利とされています。
しかし残念ながら、猫や犬などのペットは人間ではないので、法律上、養育費請求権は認められません。
言い換えますと、なんの約束もしていないのに、法律を根拠にして、猫(あるいは猫を代理した人間)から飼い主の人間に対して「離婚後もエサ代を払い続けてよ」と裁判所に訴え出ることはできない、ということです。
ただし、人間同士で契約(約束)をすることは、約束の内容が公序良俗に反するなどの事情がない限り、自由に認められます。
つまり、離婚する夫婦間で「離婚後の猫の養育費」について取り決めをすることは可能です。法的には、猫の生活に必要なエサ代などを負担する定期贈与契約ということになります。
このような約束をしておけば、エサ代の支払いがされなかった場合、約束違反を理由として支払請求の訴えを提起できますが、このような約束を交わしていなければ、猫あるいは猫の飼い主から養育費を請求することはできません。
ですので、離婚後の猫の生活費を相手方に請求したいのであれば、相手と猫の今後の扱いについてよく話し合って、相手から生活費を支払うとの約束を取り付けてください。
その上で、約束した内容(支払金額、支払方法、支払時期、終了時期等)を「合意書」の形にして残しておくことが重要です。交わした約束の証拠にもなりますし、「書面によらない贈与は各当事者がいつでも解除できる」という民法の規定もあるため、「合意書」は必ず作成しましょう。
▽3 ペットに「親権」はあるの?
離婚に際して未成年の子どもがいる場合は、離婚後、どちらが子どもと同居して面倒を見ていくのか、「子どもの親権」の帰属が問題となります。同様に、ペットも離婚に際して奪い合いになるケースもよくみられます。
「親権」も人間の子どもに関する規定であり、ペットには当てはまりません。ペットは法律上「物」として扱われているため、離婚後のペットの帰属については「親権」ではなく、「財産分与」の問題として取り扱われます。
「財産分与」とは、夫婦が婚姻生活中に協力して蓄えた財産を離婚するにあたって清算することを主な目的とする制度です。夫婦間で話し合いをして、結婚してから買った車は夫がもらう、結婚後の貯金は妻がもらう、というように、財産を分けていきます。婚姻中に飼い始めたペットについても、離婚後どちらがペットを引き取るか、夫婦間の話し合いによって決めることになります。
■夫婦いずれもが猫を引き取りたいと主張して譲らない場合は?
夫婦いずれもが猫を引き取りたいと主張して譲らない場合は、財産分与が話し合いで解決しなかったものとして、家庭裁判所に調停を申し立てることになり、調停でも解決しなければ審判で裁判官が分与方法を命じることとなります。これは養育費の場合と同様です。
裁判所は、ペットのそれまでの飼養状況(どちらがよく面倒を見ているか、どちらによく懐いているか、虐待を受けたりしていないか)や、今後の飼育能力・可能性(例えば仕事が多忙で家にほとんど帰らないとか、ペット禁止のマンションに住んでいるとかいった事情は、ペット引き取りに関して不利に働くでしょう)などをもとに、夫婦のどちらが今後の飼い主としてふさわしいかを決めることになります。
なお、結婚前から所有していた財産は、特有財産と言って、その人個人の所有物として財産分与の対象にはなりません。
例えば妻が結婚前から飼っていた猫がいて、結婚後も夫婦一緒に飼っていましたが、離婚することになった場合、猫は妻の特有財産として妻に帰属します。夫が離婚後に猫を引き取って飼い続けたいと思うのであれば、妻から譲り受けるしかありません。
夫が妻に猫を渡してくれない場合は、妻は購入時の契約書や領収書、写真や日記、動物病院の領収書やカルテなどを猫の所有権の証拠として、夫に対し返還請求をしていくことになります。
◆石井 一旭(いしい・かずあき)京都市内に事務所を構えるあさひ法律事務所代表弁護士。近畿一円においてペットに関する法律相談を受け付けている。京都大学法学部卒業・京都大学法科大学院修了。「動物の法と政策研究会」「ペット法学会」会員。