開発のきっかけは…ぽっちゃり夫からの「カミングアウト」 京大研究員だった妻が開発した「股ずれ」軽減パンツ
ぽっちゃり体型の人が抱える悩みのひとつに「股ずれ」がある。歩行時などに太ももの内側がこすれて皮膚が炎症を起こしたり、ヒリヒリ傷んだりする。夏は汗で、冬は厚着による蒸れで、肌とパンツの摩擦が増してよりひどくなる。股ずれは当人にとっては深刻な悩みだが、外から見えず気遣ってもらえないだけでなく、なかなか他人に話しづらい場所だけに、相談できる相手と出会う機会もないという。そんなつらい股ずれからの解放が期待できる機能性パンツが開発された。きっかけは小学生のときから20年も股ずれで悩んでいた「夫からのカミングアウト」だったという。
■股ずれから夫を解放するために開発をスタート
つらい股ずれを軽減するパンツ「SURENA(スレナ)」を開発したのは、大阪市阿倍野区にある株式会社オーギュストケクレだ。開発者で同社の代表取締役・小野史恵さんに経緯を聞いた。
股ずれしにくいパンツをつくろうと思ったきっかけは、史恵さんが京都大学医学研究科に研究員として在籍していた2018年、結婚して10年になる夫・義人(よしひと)さんからのカミングアウトだった。夫が小学生のときから20年も股ずれで悩んでいることを初めて知った。
「隠していたわけじゃないけど、自分からいうことでもありませんからね(笑)」(義人さん)
着やせするというが、義人さんの体型は一見ぽっちゃりしているようには見えない。しかし、下っ腹が出ている「着やせぽっちゃりタイプ」だ。さらに、バスケットボールで鍛えた腿が太いせいで、1年を通して股ずれに悩まされていたという。
そんな義人さんをはじめ、世のぽっちゃり体型の人々を股ずれの苦しみから救いたい。史恵さんの研究者魂に火がついた。
「既製品のパンツの、股部分に布ナプキンの生地を縫い付けてみました」(史恵さん)
股の生地を二重にする発想は初めからあったそうだ。試作品1号を、義人さんと義兄(義人さんの兄)に試してもらった。
義兄は元航空自衛官で、自衛官時代から股ずれに悩んでいたという。自衛隊を退職したあとは起業して営業職をやっており、得意先回りで歩くことが多く、いまも股ずれに悩んでいる。
「股ずれする人って、股部分の生地が破れるんですよ。でも、この試作品は3カ月履いても破れませんでした」
もっといい生地はないか? 史恵さんが次に試したのは、布おむつの生地だ。
「肌触りはよかったそうですけど、1日でボロボロに破れました。こりゃダメだと」
3度目の試作品では股の生地を三重にしてみた。
「効果は二重と変わりませんでした。生産性を考えたら二重のほうがつくりやすいと判断しました」
他にも、破れにくい構造や縫い方を探求するために既製品のパンツを解体してみたり、ウェストのゴムの材質も変えしたりして快適性を探求した。試作品のモニターは義人さんのほか、20~30歳代の15人で、その中には女性もいる。
「お腹の脂肪に押されて、ゴムの部分が外側へめくれてしまうんです」
モニターからの一言で、こだわりがより強くなった。幅を大胆に広くして、柔らかめのゴムを使ってみたところ、外側へめくれる問題は改善。
試作品をつくってはモニターに履いてもらうテストが繰り返された。ときには、義人さんに通常のパンツと試作品を履き分けてもらい、6時間にわたってテニスをしてもらったことも。
「このテストをしたのは5月。汗だくになりました」(義人さん)
「性能を検証するためには同じ条件で比較しないと。市場へ出すことにためらいが生まれてしまうので」(史恵さん)
ちなみに試作品を履いたときは股ずれができなかったが、通常のパンツを履いたときは股ずれができたという。
こうして性能を検証しつつ微調整を繰り返し、製品が完成した。製品はフライス編みという方法で編まれた綿100%生地を使い、お尻と太もものフィット感と着心地の良さを追及。特許出願中の股下二重構造で、股ずれのリスクを低減している。またウェストのゴムを幅広にすることで、外側へめくれたりお腹へ食い込んだりしにくいという。
2021年8月「SURENA」の販売を開始。使用した人から「社会の窓が欲しい」という声を受け、2022年1月14日には「前開き」をつけた新モデルが販売された。
筆者も実際に履いてみた。「開放感があって生地と肌の摩擦がきわめて少ない。それでいてフィット感もある」というのが、一使用者としての感想である。
■店頭では買いづらいだろうと、オンライン販売に
SURENAの販売は現在、オンラインが主になっている。
「実店舗だと『ボク、股ずれです』と宣言しているようなもので、レジへもっていきにくいですよね」
オンライン販売なら、堂々と購入できるというわけだ。なお、大阪府守口市のふるさと納税の返礼品にも採用されている。
いまは男性用のみの販売だが、今後は女性用にも取り組んでいきたいとのこと。
ところで、オーギュストケクレのサイトにアクセスすると、赤いSURENAを履いて新聞を小脇に抱えた、ぽっちゃり体型のおじさんのイラストが現れる。このおじさんはオーギュストケクレの社員で、広報部長という設定だ。
「年齢、趣味、性格、口癖など、細かいキャラクター設定を募集しています。採用された人には、SURENA(前モデル)を試す権利をプレゼントします」という。
(まいどなニュース特約・平藤 清刀)