「人類は、ウイルスと共存するしかない」 求められる民度の成熟 豊田真由子が考える第6波との向き合い方
今回のコラムは「専門家に望むのは「分からないことは、分からない」と言う誠実さ 豊田真由子が考える第6波との向き合い方」に続く後編となります。
■海外での規制撤廃・緩和の状況と日本-その背景にあるもの
欧米各国は、感染状況が日本よりも格段に酷い状況ですが、ピークアウトを迎えたと考えられる国(米英伊スペイン豪等)も、新規感染者数が増加している国(仏独オランダ等)も、感染力の強いオミクロン株により、感染者・濃厚接触者が急増し社会インフラの維持が困難となるとともに、一方で、オミクロン株の重症化リスクが低いと考えられるという科学的データに基づき、社会経済活動を抑制することと感染防止の効果を比較衡量した結果として、規制の撤廃や大幅な緩和に踏み切っています。
こうしたことは、新規感染者数それ自体よりも、オミクロン株の重症化リスクを考慮した上での比較衡量の結果であり、例えば、昨年12月からのロックダウンを1月26日に終了したオランダ政府は、感染者数は依然として高い状態にあり、人同士の交流によって感染者が増える可能性もあるとしながらも、「政府にはこの大胆な措置を取る責任がある。日常生活をこれほど制限する措置が長引けば、国民の健康や社会全体を害する」としています。これは為政者として勇気が必要な決断であり、そして、基本的に、国民もその選択とそれがもたらす結果を許容する、ということになります。
欧米各国では、パンデミック当初など過去に、被害状況が極めて酷かった経験がすでにあること、移動制限やマスク着用義務等々の公権力による規制に対する忌避感が強いこと、ブースター接種が進んでいることなど、様々な事情はありますが、基本的にウイルスと共存しながら社会を回そうとしています。
逆に言えば、一方で、現在日本で、緊急事態宣言の発出が議論になるような背景には、これまでの感染の波において、欧米各国に比して感染者数や死者数等が相対的には少なく、「これだけ感染が広がってしまったら、もうしょうがない。共存するしかない。」と思う境地にまで至っていないことや、公権力に従順な傾向、医療逼迫への強い懸念(言い換えれば、普段が手厚いので期待値も高い)、ブースター接種が進んでいない、といった事情があるようにも思いますが、政策判断において「あとでメディアや国民から責められないためには、過剰な規制を敷いておいた方が安全」という守りの姿勢があるとすれば、それは適切とはいえませんし、そうした思考に陥らせない民度の成熟も求められると思います。
「人類は、ウイルスと共存するしかない。」という真実を語る勇気を持っていただきたいと、私は思います。
◇ ◇
各国の状況を見てみます。
米国は、オミクロン株に対し、早くから、ワクチンのブースター接種や検査の拡充は進めるものの、基本的に行動制限等の厳格な規制は取らないという選択をし、国内での感染が大幅に拡大した段階においては、もはや水際対策を行う意義は小さいということで、南ア等からの入国者含め、水際対策を緩和しました。
英国のイングランドでは、1月27日から、ワクチン接種証明の提示や、公共の場でのマスク着用を不要としました(公共交通機関では引き続きマスク着用)。
感染者の隔離については、医療関係者は、ブースター接種済みで感染しても無症状なら勤務可能(仏豪等)や、米CDCは、人手不足の状況が「危機」の段階では、医療従事者は、陽性でも無症状または軽症ならば適切なマスク着用の上で働けるとしました。これについては、全米看護師連合など現場から批判も上がっていますが、病床が逼迫する中(1月中旬には、全米24州で病床占有率が8割を超え、18州でICUの病床占有率が85%を超えました。)で、「オミクロン型に対応するのに不可欠なアプローチ」(米国感染症学会)と評価する声もあり、賛否が分かれています。
医療関係者以外の感染者については、ブースター接種や検査陰性等を条件に、隔離期間を5日程度に短縮する国が増えています(米仏英等)。
濃厚接触者については、ブースター接種を済ませていれば、隔離は必要ないとする国が増えています(米英仏独豪等)。仏では、学校のクラスで感染者が出た場合、学級全員が検査し、陰性であれば出席可とし、豪では、物流等で働く濃厚接触者は、検査で陰性なら出勤可、といった柔軟な対応に変えてきています。
日本では、1月18日から、医療従事者が「濃厚接触者」となった場合でも、無症状・毎日の検査での陰性確認などの要件を満たす場合には業務に従事可能とし、1月28日から、介護や保育等に携わるエッセンシャルワーカーは、2回の検査で陰性が確認できれば、5日目に待機解除、そして、一般の濃厚接触者の待機期間は、原則7日間に短縮されました。これは、ウイルスに曝露した日からの発症リスクが、10日で1%未満、7日で5%程度であることから、「発症リスク5%程度は容認するという形で、社会機能維持に必要な対応を図れる」(後藤厚労大臣)との考えによります。
根拠に基づいて国民に対してきちんと説明をし、一定のリスク(どこまでが許容されるか、という議論は別途ありますが。)を引き受けることを求めるのは、望ましいことと思います。
なお、我が国では現在、抗原検査やPCR検査のキットが不足しており、こうした要件が形骸化しているという問題はあります。どうしてあらかじめもっと準備がされていなかったのか、という疑問は置いておくとしても、現時点では、自治体が希望者に大量に無料配布することよりも、医療機関での有症状者の検査に回す等、必要度に応じて、優先順位を付けることが求められると思います。
■医療はどうあるべきか
東京都で見てみると、1月31日に、新規感染者1万1751人、死者1人、入院患者3519人、重症患者は都の基準で26人。自宅療養者は7万1960人。病床使用率は、全体で50.7%、重症5.5%(都の基準)となっています。(なお、都と国で「重症」の基準を揃えるべき、というのは以前より申し上げている通り。)
東京都の入院患者については、今回の第6波(2022年1月)は、「85%が軽症、15%が中等症以上(酸素投与が必要)」となっており、第5波(昨年8月)の際の「30%が軽症、70%が中等症以上」と比較すると、軽症者が多くなっています。(なお、「軽症」は肺炎の所見がなく、酸素飽和度に異常が無い、ということですが、心身の自覚症状自体はかなりつらい、というお声は多いです。)
医療逼迫については、医療従事者の方々の負荷をできるだけ減らしながら、必要な医療が適時適切に提供される体制を維持構築することが必須です。これまでの反省を踏まえ、地域の医療機関間での連携を進める、状況によっては、臨時病院の設置等も検討する必要があるだろうと思います。
また、新型コロナに限らずですが、欧米と日本では、医療機関へのアクセスのよさが大きく異なり、欧米では基本的に、軽症者は入院させません。従来、入院のハードルの低さ、入院期間の長さ等において、日本は緩い傾向がある、という現状があります。
こうしたことは、我が国でも、新型コロナにおける医療の逼迫を避けるため、そしてまた、コロナに限らず、今後、限られた医療資源を有効かつ効率的に活用し、持続可能で充実した社会保障制度を維持するという観点から、政策を担当する側や、医療を提供する側だけでなく、患者さんの側も考えなければならないことだと思います。
■コロナ渦は、露呈した様々な非効率を変革していく機会
陽性者・濃厚接触者の健康観察や検査等は、外部に委託すること等により、行政や有資格者には「そこでしかできない仕事」に注力していただく、そして、症状の度合いに応じて対応を分ける等、行政・民間、医療、患者・ご家族、関係するすべての方の協力が大切だと思います。
限られた資源の効率的な活用という点では、例えば、都の自宅療養相談窓口(24時間対応)に電話が殺到し、つながりにくいとのことですが、相談の過半は、食料やパルスオキシメーターの配達に関するものとのことで、「それはネットで申し込めるようにすればいいのでは・・・」と思っていたところ、電話回線を増やすとともに、ネット受付を開始し、電話での対応は医療に関するものに注力する、とのことでした。
第5波のとき、他県で自治体の職員の方が、療養されている住民のご自宅へ食料配達に回っているが、手一杯で大変、という報道がありましたが、「いや、それは業者の方に委託してください・・」ということであり、自分も行政にいたのでよく分かりますが、残念ながら、行政の全体としてのコスト意識の不足や住民の方にできる限り丁寧に対応したいという思いが裏目に出ることが、こういう危機下でさらに露呈していると思います。
陽性・濃厚接触者となった友人知人も多いですが、ネット通信デバイスの普及による連絡形態の変化の影響は大きく、「電話をかける・受ける」ということに抵抗を感じる方も近年増えていると思います。例えばネット上で「無事である」ということを知らせていただき、連絡の無い場合に限って電話をかける、といった方法で、危機管理と人手不足の両方に対応すべきだと思います。
コロナ渦で、我が国のデジタル化の遅れが露呈したと言われますが、それに限らず、医療や介護、行政等の現場で、①「専門性と真心を込めて、『人』が行うべき仕事」と②「AI/DX等で行うべき仕事」を分け、さらに①について、専門性の度合いに応じたタスクシフトを考える等、今回の危機下で変革の必要性が痛感されたことを、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」にせずに、きちんと対応していけるかが、今後、国民の生命・健康・安心を、適時適切に守っていけるか、日本の試金石でもあるのだと思います。
◆豊田 真由子 1974年生まれ、千葉県船橋市出身。東京大学法学部を卒業後、厚生労働省に入省。ハーバード大学大学院へ国費留学、理学修士号(公衆衛生学)を取得。 医療、介護、福祉、保育、戦没者援護等、幅広い政策立案を担当し、金融庁にも出向。2009年、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官として、新型インフルエンザパンデミックにWHOとともに対処した。衆議院議員2期、文部科学大臣政務官、オリンピック・パラリンピック大臣政務官などを務めた。