分離不安症になった子猫、解決法はもう1匹飼うことだった 今では「本当の兄弟のよう」
2020年8月初旬の朝、兵庫県尼崎市に住んでいるSさんに知人からLINEにメッセージが届いた。
「子猫飼えない?」
雨の日に草むらで鳴いていた小さな子猫2匹を保護したのだという。以前から猫を飼いたいと考えていたSさんにとってはまさに渡りに船の朗報だった。
というのも過去に、彼女の実家を訪ね、飼い猫と初対面した際、少しよそ見していると構ってとばかり「ニャー!」と不機嫌になったかと思ったら、その直後ちょこんと甘えるように膝に乗られたことがあった。何気ない出来事だったが、その瞬間の行動の変化とあまりのかわいさにSさんは「将来、絶対に猫を飼おう」と、心に決めたのだという。その後、猫カフェに通ううちに「家を猫まみれにしよう」と思うまでドはまりしていった。
だから知人からのLINEを受けた日は、うだるような暑い日だったにもかかわらず、Sさんはメッセージ内容を見た瞬間飛び起きた。今までも何度か「里親にならないか?」と、声がかかることはあったが、悩んでいるうちに他に決まったり、仕事が忙しいときだったりと、なかなかタイミングが合わず現在に至っていたからだ。
知人から送られてきたハチワレ猫と三毛猫きょうだいの写真を見て「このキトンブルーの瞳がかわいすぎる!」と2匹を迎える気持ちで一杯になった。Sさんは共働きで家を空ける時間が長かったため、2匹で飼いたいと考えていたが、三毛猫はすでにもらい手が見つかったという。
2匹で飼えないのであれば「子猫のためには断った方がいいかも?」という考えが頭をよぎったが、せっかくのチャンス。ハチワレの子猫を家族に迎え入れる決意をした。第一印象は「ちっちゃぁ!!」。よちよちと歩いて、ほんの少しの段差から降りただけで足を痛そうにしていた。その姿を見て「この小さい命を育てられるのか!?」と、少し不安になったそう。しかし、帰りの車中では「ミーミー」と鳴いていたので、抱っこをすると、その腕の中で落ち着いたように眠りはじめた。
その後も自宅に着くまでずっと彼女の腕の中で眠っていたそうだ。その姿を見てSさんは「一生かけてこの子を守ろう」と誓ったことを今でもはっきりと覚えている。ただし、想像よりも小さかったため、用意しておいたトイレに自力で入ることができなかった。そこで空き箱を置き、段差を埋めてあげると、一度も粗相することなく、トイレで排泄をしてくれた。
「みなさんも思ってるかもしれませんが、僕も思いました。うちの子、天才すぎん、って」
子猫の名前を「イスラボニータ」と命名した。フランス語で美しい島という意味で競走馬の名前でもあった。Sさんは競走馬が好きで、彼女との出会いも実は競馬がきっかけ。通っていた保護猫カフェが阪神競馬場最寄りの仁川駅だったということもあり、猫を飼うときは競走馬の名前をつけたいと考えていたという。
イスラボニータと名づけたのは見た目がそっくりだったというのが一番。Sさんが「あの馬に雰囲気が似ているなぁ…」と思い、そのことを彼女に伝えると「私もそう思ってた!」と返ってきた。競走馬のイスラボニータは皐月賞を制覇した立派なG1ホース。柔軟でしなやかで息の長い活躍をし、しかも愛嬌があり、多くのファンに愛されていた。
一方、子猫のイスラボニータもすくすくと成長。とにかく人懐こく、愛称「イス」と呼ばれているが、その性格が犬のように愛想が良いから「イヌ」と呼ぶこともあるそうだ。
特技はお出迎え。「すさまじいです!ニャーニャーとしっぽピーンと立てて、全力でお出迎えしてくれます。体に飛び乗ってきて鼻をペロペロ舐めてきます。はい、イスラボニータ大好きです」
Sさんにとって、イスラボニータの存在は活力源になっている。「正直、仕事に行きたくないなぁと思うこともあります。でも、この子のために頑張ろうと思えます。あと、仕事終わりのお出迎えが最高すぎるので、心から生きてて良かったぁと毎日感じています」
幸せいっぱいのSさんだったが、一つだけ心配なことがあった。「こんなに人懐っこい猫で最高やん、って感じなのですが…」。イスラボニータの場合は幼いころに保護したこともあってか、分離不安症の側面があった。自傷行為や布を食べてしまうウールサッキングなどはなかったが外出時は置いていかれるのが嫌なのかとにかく大きな声で鳴き叫んでいたという。
ずっとそばにいてあげたいのは山々だが、仕事もあるので一緒に過ごせる時間は限られてしまう。そのストレスからか、過度に足にじゃれついてくることも多かったそうだ。
「解決策は新しい猫を迎えることでした」
そこで今度は「エピファネイア」という名の子猫を飼うことにした。もちろん、これは菊花賞やジャパンカップを勝った名馬の名前からいただいたものだ。
「おかげさまでイスラボニータの分離不安もすっかり落ち着き、2匹は本当の兄弟のように仲良くなっています」
Sさんはイスラボニータを迎えた時のことを振り返り「小さな命を迎えるにあたり軽はずみな行動は良くないですが、タイミングや勢いは時としてすごく大事かと思います。正直なところ、イスを迎える決定打はタイミングがあったからということだったかもしれません」としみじみと話した。
間違いなく、これからも競走馬にちなんだ名前の家族が増えることだろう。
(NPO法人動物愛護 福祉協会60家代表・木村 遼)