「前の救急車、遅いなあ」?→車内の“リアル”伝える動画が話題「スピード上げたいが」はやる気持ち抑え…隊員の使命感
ゆっくり走っている救急車を見かけたことはありませんか。傷病者を乗せて走る救急車がゆっくりでいいの?一分一秒を争ってるのでは?と疑問に思った人もいるのではないでしょうか。
実はゆっくり走る救急車は、車内の傷病者の症状に合わせ、負担を減らすためにあえて遅めのスピードで運転しているのです。そんな“車内事情”の動画をTwitterに、袋井市森町広域行政組合 袋井消防署のアカウント「袋井市森町広域行政組合袋井消防本部【公式】」(@fukuroi_fd_119)が投稿し、大きな話題となっています。
「確かに考えたことなかった」
「救急車に御世話になった際、意識が朦朧としている中『めっちゃ揺れる…』と思いました。この情報が広まりますように」
「そんなに遅くて大丈夫なのかな?って思ってました」
など、搬送された経験のある人の体験談や、新たに知った人たちのコメントが続々。ツイートには2.3万いいねがつくほど反響がありました。
なぜ救急車はゆっくり走る場合があるのか、救急隊員の思いなど、動画を企画・撮影・編集した地域支援係の係員・三谷旭(みたに・あきら)さんをはじめとした袋井消防署の方にお話を伺いました。
■車内では処置をおこなう場合も
ーーどのような経緯でこの動画を作られたんでしょうか。
「早く走行してほしいと感じる運転手の方がいるのではと考え、理解を求めるために動画を公開しました」
ーーなぜ救急車はゆっくり走行するときがあるんですか?
「常時ゆっくり走っているわけではなく、傷病者の症状や道路の状況、交通状況により走行速度を変えているため、早い時と遅い時があります。救急車で搬送している傷病者は症状によって、救急車の揺れにより体に受ける衝撃で容態やケガの箇所が悪化する可能性があることから、安静に搬送にすることが重要であるため、ゆっくりと走行する場合があります。また、一時停止する場合や起伏の大きな道路では徐行する場合も。
ほか、静脈路確保(点滴)等の処置を行うときもあり、静脈路確保は針を使用した処置になりますので、走行中に一時停止して処置を行う場合もあります。ちなみに緊急走行時の制限速度は高速道路で100キロ 一般道路で80キロと道路交通法で規定されています。ゆっくり走行するときの速度は決められていません」
ーーゆっくり走っているときは例えば、どういう症状の方が乗っているんですか?
「あくまで一例ですが、くも膜下出血が起きている傷病者の場合は、再出血を防止することが傷病者の命と後遺症の低減につながります。再出血を防止するために、嘔吐、興奮、疼痛などの刺激による血圧の上昇をできるだけ回避する必要があります。そのため救急車が揺れないように走行します」
ーーそれはゆっくり走行しないといけませんね…。動画ではかなり揺れているように見えましたし、症状によっては悪化してしまうかも。
「動画内で再現した道路は、管内でも特に起伏の大きな道路の例となります。起伏の大きな道路を通常の速度で走行すると動画のように揺れは大きくなります。道路の起伏の大きさと走行速度により揺れは変わり、高速道路の継ぎ目や道路のわだち等でも救急車は揺れます。
車両の構造が揺れに影響しているかはわかりませんが、傷病者はストレッチャー(担架)に寝転んでおり、揺れが伝わりやすいことや、救急車内にはたくさんの資機材と通常時5人(救急隊3人、傷病者1人 付き添い者1人)が搭乗しています。その重量が揺れに影響を与えていることも一因であると考えています」
■安全に走行することが傷病者ファーストの活動になる
ーー命を預かる責任の大きなお仕事ですが、ドライバーの方や救急隊員の方はどのような気持ちで救急車に乗っているんでしょうか。
「一般のドライバーと同様に機関員(運転手)は搭乗者の命を預かっています。救急救命士が車内で懸命に処置を行っても、事故や大きな揺れを起こせば病院への到着が遅くなってしまいます。
傷病者ファーストの走行を行い、事故を起こさずに病院へ到着することを使命として業務を行っています。また、機関員(運転手)同士で管内の起伏の大きな道路や見通しが悪い交差点、いつも渋滞している道などは共有して、常に救急車の安全走行に心がけています。
救急車は生命にリスクのある傷病者を搬送します。運転中は後方から傷病者の訴えや付き添う人の泣き声、活動する隊員の声が聞こえてきます。機関員(運転手)は早く病院に着くために『もっとスピードを出したい!』と焦ることがありますが、『安全に走行することが傷病者ファーストの活動になる』という強い気持ちを持ち運転しています」
ーーツイートは大きな反響がありました。
「『いつもありがとう。これからも頑張ってください』と感謝や応援の声が多かったです。また、『知らなかった。多くの人に知ってもらいたい』とさらに拡散してくれた方も多かったです。印象的だったのは『急いでいる時は迎えに行っているのだな!がんばれー!ゆっくりの時は病院に向かっているのだな!がんばれー!』のコメントです。皆様にこう思っていただけると嬉しいです。
投稿に対するこれだけの反響は素直にうれしく思いますが、逆に住民の消防業務への期待度も高いと改めて認識することとなりました」
ーー記事を読んでいる方へ伝えたいことはありますか?
「日頃より消防業務へのご協力ご理解ありがとうございます。消防の活動には今回のように、説明がないと全体の方が理解していただくのには難しいこともあります。消防業務を行うためには皆様のご協力ご理解が必要であり、そのためには説明する必要があると感じています。これからも消防からの広報を多くの人と共有していただければ嬉しく思います」
ーーありがとうございました!
◇ ◇
安全に傷病者を病院に送り届けるためのゆっくり走行やサイレン。一部の消防署に苦情が届き、ネットニュースになったこともありました。
袋井消防署にそのようなクレームを受けたことがあるか確認したところ、「当消防本部へ遅い救急車やサイレンに対して直接クレーム指摘を受けたことはありません。今後、もし苦情を受けた際には、住民の命を守る消防業務の内容を丁寧にご説明し、ご理解をいただけるような説明を行っていきたいと思います」と回答してくれました。
もし「前の救急車、進むの遅いな~」と思ったとき、その救急車には危険な状態の傷病者が乗っているかもしれません。傷病者が乗っているかも、隊員が懸命に処置をしているのかもと思えば、救急車を見る目も変わるのではないでしょうか。
(まいどなニュース・門倉 早希)