亡父の心を受け継ぎ「お坊さんの窓口」を立ち上げた僧侶の挑戦「心のこもったお葬式を取り戻したい」
家族が亡くなったとなると、悲しみの最中にあっても、しなければならないことは山のように押し寄せてきます。その中でも、まずは、お葬式のことを考えなくてはなりません。かつては、付き合いのある寺院に連絡する檀家制度が一般的でしたが、そういった付き合いも時代とともになくなり、一方でパッケージプランなどを提示するお葬式の仲介業者が急成長しています。
しかし、昨今のお葬式事情に疑問を抱き「僧侶として、これを見過ごしてはいけないのではないか」と、真心のこもったお葬式を取り戻すべく立ち上がった1人のお坊さんがいます。奈良市内にある浄國院で生まれ育ち、現在は同じ奈良県の大和郡山市にある専念寺で27代目住職を務める松谷宗悦さんです。松谷さんが抱く違和感とは、そして、新たに立ち上げた「お坊さんの窓口」とはどんなものなのか。取材しました。
■亡き父の教え
ーー松谷さんが仏門に入られたのはいつ頃ですか?
5歳の時に、得度式と申します、お坊さんの入門儀式を浄國院の本堂でおこないました。3歳上の兄と一緒に頭を剃って、師匠である父につき、その年のお盆からデビューしたんです。
ーー師匠であるお父さんからはどんな教えを受けられたのでしょうか?
お葬式だけを取れば、そのご家族にとって唯一無二の、大事な方を送る儀式やと、お坊さんは決してそれに慣れてはいけないと、徹底的に教えていただきました。お葬式に行けば、父は必ず大切な人を亡くした方の隣に座って、背中をさすったりして寄り添う姿をずっと見続けてきました。24時間365日ずっとお坊さんで、夏休みもお正月もどこかへ連れて行ってもらったことなんてほとんどない。子供心に寂しい思いもしましたけど、私は父のようなお坊さんでありたいと今でもずっと思っています。
ーーお父さんの姿が、真心のこもったお葬式と深く結びついているのですね。
頭をなでられて「極楽の世界は必ずあると信じて、それを伝えるのがお坊さんやぞ。忘れるなよ」と言われたのを、父の手の温もりまでも思い出せるぐらいはっきりと覚えてます。お葬式というと、告別式をイメージされやすいですが、元々は、死者の魂をすくい取って、浄土宗であれば阿弥陀さんに極楽浄土へ連れて行っていただく「葬儀式」というのがあるんです。司会の方が「葬儀ならびに告別式を~」と言わはるように、本来は別々のもの。葬儀式はあくまで、お亡くなりになった方が主役です。
ーー葬儀と呼ばれるのは正式には葬儀式で、告別式は遺族側が心の整理をつけるためのものなんですね。
告別式は明治時代に広まった新しいもので、儀式ではないんです。字のとおり、最後の別れを告げる、送る側のためのもの。それが時代とともに、効率や利益が優先されて、葬儀式・告別式だけやなく、四十九日まで同日におこなうよう一緒に依頼を受けてるのが現状です。その中で、とても見過ごせないことも起きてます。
ーー具体的には、どんなことが起きてるのですか?
お葬式の仲介業者のコマーシャルを見ない日はないと思います。利便性もあり支持を得る一方で、そういったサービスでお葬式をあげた方が不利益を被ってる実態をたくさん見てきました。仲介サービスの場合、葬儀社や寺院などを選ぶことはできません。依頼者さんが支払う金額の半分近くかそれ以上が仲介手数料のため、少しでも利益を確保するため質を下げる葬儀社を現実に見ました。また、他の檀家さんと同じ扱いはできないと、戒名の扱いを分けている寺院もあります。
ーー巡り合わせ次第で、思っていたようなお葬式にならない場合もあると。
大切な方をお送りする、たった1度のお葬式。当然、やり直しなんてできません。仲介サービスで手配されるお坊さんの中には、アルバイト感覚の方もいました。僧籍(そうせき)と言うて、お坊さんの資格。それを登録だけして普段は会社勤めをしている方が、週末だけ仲介業者から紹介されたお葬式でお経をあげることも実態としてあります。
ーー知りませんでした...。今、少なからずショックを受けています。
日本に仏教が伝来したのは約1400年前やといわれてます。でも実はね、そのずっと前から日本には先祖供養の習慣があったんです。人の魂は死んだら天に昇る、その昇った魂を年2回呼び戻してお祀りする儀式をしていた。これがお盆の由来です。これはインドの盂蘭盆会にはない、日本独自の習慣。つまり、日本人には2000年、3000年前から先祖を大事に思う気持ちがあったということです。
ーーお恥ずかしながら、先祖供養も仏教由来だと思っていました。
亡くなって終わりではない、ご先祖様のおかげで生かされているというのが、もともと日本人の心に宿ってたんやろね。私はお坊さんとして、この心を大切に守っていきたいし、儀式の本来の意味をしっかり伝えて、悔いのない温かいお葬式を取り戻したいと思ってます。
ーーご遺族に寄り添い、一緒に悲しむことができる、お父さんの姿がいつもあるのですね。
父が大切にしてきたことを、私の代で絶やしてしもたら、極楽浄土に行ったときに父に怒られますから。この専念寺も、2年後には私の息子が住職を継ぎます。息子の代、孫の代とずっと、亡き人を大切に思う文化を繋いでいかんとあかん。そのために、私ができることはなにかと考えて「お坊さんの窓口」というのを立ち上げました。
■営利を目的としない「お坊さんの窓口」
ーーお坊さんの窓口というのは、どういう取り組みでしょうか?
まずは地元の奈良から小さくスタートします。仕組みは仲介業者と同じで、仲介を私をはじめとした事務局がおこないます。営利を目的としませんので、運営に必要な分だけいただいて、仲介手数料は頂きません。高額な手数料がない分、お葬式の費用自体も適正価格になりますし、その中から寺院や葬儀社へも適正な額をお支払いできます。お葬式に関わる全ての人のために、お坊さんが動いていかなあかん。そう思ってます。
ーーお葬式にも宗派がいろいろあると思うのですが、そのあたりはどのようになるのですか?
去年の8月から、奈良県全域のお寺を回って直接お話をさせて頂きました。やはり、あらゆる宗派に対応できないとあきませんから。全宗派にお声がけをさせて頂き、お付き合いのある葬儀社さんにもご協力をお願いしてます。
ーー思いの強さを感じます。お坊さんの窓口事務局による紹介はいつ頃スタート予定でしょうか?
2月末に、立ち上げ費用のクラウドファンディングが終了したところで、これから事務所の設営やHP・パンフレット等の制作に入ります。なにせ広報なんていうのも初めてのことで、すべてがチャレンジ。5月半ば頃にはHPも事務所もスタートできたらと思って準備を進めてます。最初は奈良だけの小さな取り組みですが、いずれは関西一円、そして全国へと広げていくつもりです。
ーーお話を伺っていたら、亡き家族のことが心に浮かんできました。
「死んで終わりに誰がする」。私が幼い頃、父が浄國院の門前に書いたお言葉でね。誰しも大切な方と別れる時が来ますが、命は死んだらそれで終わり、消えてなくなるのではない。亡き人を思う心に支えられ、我々は生かされてます。お葬式は、その拠り所の形です。万が一のご不幸の時、「お坊さんの窓口に相談しよう」と思ってもらえたら。この世に生あるうちは、精一杯やらせて頂きます。
(まいどなニュース特約・脈 脈子)