まだデビューから17年なのに…小田急「白いロマンスカー」VSE、早すぎる引退の理由
小田急の「白いロマンスカー」こと50000形VSE車が、3月11日で定期運行から引退した。2005年のデビューから17年で、定期運行から引退するには早いような気がするが、箱根までの旅を快適にするために導入した連接式の台車や、曲線通過時の乗り心地を良くするため、車体を内側に傾斜する制御方式などの独特の技術が、「メンテナンス用の部品の確保が難しい」という理由から、引退の時期を早めてしまったことが残念でならない。小田急ロマンスカーの原点に回帰した50000形VSE車について、概要と導入の経緯から始まり、特急ロマンスカーの今後についても解説したい。
■50000形VSE車の概要と登場の経緯
小田急50000形電車は、2005年から運用が始まった特急ロマンスカーである。元来、特急ロマンスカーは、箱根への観光客輸送を目的として設定されているが、1990年代に入ると、景気低迷や旅行形態の変化、レジャーの多様化などもあり、特急の利用者層には変化が生じていた。その中でも、観光客以外の日常利用が増加していたため、小田急は1996年に導入したEXE車は、従来の特急ロマンスカーの特徴だった前面展望席も、連接構造の台車も導入しなかった。
2003年には、特急利用者は1400万人に増加したが、その反面、箱根特急の利用者数は1987年の年間550万人が、2003年には年間300万人と45%も減少した。
2001年に小田急は、ロマンスカーに対する市場調査を行なった結果、「ロマンスカーの利用を検討したい」と回答した人の多くは、展望席を挙げていた。小田急は、展望席の無いロマンスカーでは、自家用車を中心とした別の交通手段に転移したと考えた。
その一方、2001年にJR東日本が湘南新宿ラインの運行を開始し、2004年からは増発され、新宿~小田原間の所要時間も小田急ロマンスカーと大差が無く、箱根への交通手段は、「必ずしもロマンスカーでなくても良い」という状況になっていた。
こうした状況から、小田急では「ロマンスカーのイメージ=展望席のある車両」と再認識し、新型特急車両を製造するに当たり、原点に立ち返って「ロマンスカーの中のロマンスカー」とするという方向性で進められることになった。設計に際しては「どこにもない車両」を目指して、各社の特急車両などを視察した。
■外部デザイナーの起用
新型特急車両では、デザインや設計を全面的に見直し、社外のデザイナーを起用することした。そして小田急では、外部デザイナーへの依頼にあたって、「前面展望席を設置すること」「連接式を採用すること」「ときめきを与える車両」の3点を条件とした。
小田急では、「車内の居住性については他のデザイナーより理解が深く、沿線の景観もデザインすることができる」と考え、新型特急車両のデザインを岡部憲明氏に氏に依頼することにした。
岡部氏は建築系のデザイナーであり、鉄道車両のデザインは未経験だが、フィアットのコンセプトカーのデザインや、大型客船の設計など、交通機関のデザインは経験済みであった。これも小田急が岡部氏を起用した理由である。
■乗り心地を良くする車体を傾斜させ制御する方式の採用
小田急では、50000形VSE車を開発するに当たり、乗り心地を良くするためには、連接式の台車だけでなく、曲線通過時の乗り心地を良くする必要がある。VSE車では、曲線を通過する際に、遠心力を打ち消すため、車体を曲線の内側に傾斜させるように制御している。
小田急では、何度か車体を内側に傾斜させる制御の試験を行ない、その有効性は確認出来ていたが、曲線進入の際の検知や機器類に異常が生じた際の安全性の問題があり、実用化されなかった。
その後の電子技術の発展などにより、従来の問題は解決され、空気ばねの空気の量を調整する方式で、車体を傾斜させる制御方式が、VSE車で採用されることになった。
VSE車の全ての台車には、車体を内側に傾斜させる際に、入力されたエネルギーやコンピュータが出力した電気信号を、物理的な運動に変換するアクチュエーターを装備している。そして連接式の台車は、最大2度、先頭台車は最大1.8度の傾斜を行なうことで、遠心力を無くして直線区間の乗り心地を維持した状態で、曲線の通過が可能となった。
JRでは、振り子式車両が導入されているが、基本的に曲線通過速度の向上が目的である。JRの場合、VSE車よりも車体の傾斜角を5度程度まで高めることで、本則(本来の曲線の通過速度)+25km/h程度の速度向上が期待できる。小田急でも、振り子式車両に関しては、導入を検討したこともあったが、車体形状や台車の構造が独特かつ複雑になること、地上側の設備改良も必要になることから導入に至らなかった。
■快適な車内設備
50000形VSE車の座席は、回転式のリクライニングシートだが、座り心地を良くするため、リクライニングをさせると座面後部が沈み込む「アンクルチルトリクライニング機構」が採用された。HiSE車では970mmだったシートピッチは、1・10号車の展望席では1150mm、1・10号車の一般客室では1010mm、中間車では1050mmに拡大した。
展望室以外の座席には、岡部氏の提案により窓側に5度の角度を付けて固定される構造とした。これは通路側の座席に座った乗客にも、眺望を配慮したからである。
車内の化粧板は、木目調としながらも、座席のモケットやシートカバーも、明るいオレンジ色を基調としているが、2人掛けの中間部には肘掛は設置されていない。
座席背面を、FRP剝き出しに仕上げることが一時期流行したが、これでは無機質な感じがするため、背面にもブルーグレーのモケットを貼り、背面テーブルを設置した。VSE車が登場する頃には、バリアフリー法が施行されていたため、8号車の一般客室には、車椅子対応座席を設けた。
その他として、VSE車の3号車には定員4名の「サルーン席」という準個室が3つ設けられた。「サルーン席」は、4人に満たなくても利用が可能であるが、1人で利用しても、4名分の特急券を購入する必要がある。
■50000形電車が引退する理由と特急ロマンスカーの今後
2018年に70000形GSE車の登場以降も、小田急電鉄ではVSE車を継続して使用するための補修・更新計画について検討していたが、以下の2点の問題点が浮上した。
(1)アルミ合金押出形材によるダブルスキン構造(段ボールの断面のような感じの仕上がり)の車体は、溶接などの熱を加えての補修や修正が非常に困難で、修理に高度な技術や経験を要する。
(2)連接式の台車や車体を内側に傾斜させる制御など、VSE車は特殊な構造を多く採用しており、経年劣化に伴う主要機器の更新が難しく、性能を維持できない。
アルミ車体は、軽量化という側面を見れば有利に働くが、加工が難しく、凹んだりすれば打ち直しが効かず、パテで埋めた後、その部分を塗装しなければならない。また内側に車体を傾斜させる制御を行うとなれば、半導体などの確保が重要となり、それらが無くなると対応出来なくなる。
小田急では、このような事情を鑑み、EXE車は車体更新工事を行い、継続して使用するが、VSE車に関しては早期に引退させることにした。
VSE車は、2022年3月11日で定期運行を終了した後、臨時ダイヤによるイベント列車での使用を経て、2023年秋頃には完全に引退する予定である。
製造から17年で引退するなんて、「早すぎる」と感じるかもしれない。国鉄時代に157系電車が、下降窓を採用したことで、雨水による車体の腐食が著しく、製造から17年程度で引退した当時と比較すれば、金属の加工技術は各段に向上している。
VSE車は2編成20両しか製造されなかったため、メンテナンス面では効率が悪い。これは157系電車についても同様であり、こちらも31両しか製造なかった。
小田急としては、車両の種類を減らした方が、メンテナンスコストが削減出来る。
連接式の台車で内側に車体を傾斜させる制御方式の採用など、特殊な車両構造が災いした上、コロナ禍でインバウンド需要が減少したため、箱根を訪問する需要も落ち込んでいる。それゆえ50000形VSE車を引退させたとしても、需要に対応出来ない訳ではなかった。事実、小田急では50000形VSE車の代替車は、製造しないという。
かつては「走る喫茶ルーム」と言われた小田急の特急ロマンスカーであるが、現在はシートサービスだけでなく、車内販売も廃止されている。
一方、通勤・通学に特急を利用する人も多く居るため、定員の確保が課題となっている。事実、VSE車の3号車は、「サルーン席」やカウンタースペースもあるから、定員が12名しかないため、ラッシュ時の需要に十分に対応出来ているとは言えない面もある。
故に、今後登場する小田急の特急ロマンスカーは、近鉄のように個室やビュッフェなどの設備は、期待出来ないように感じる。
◆堀内重人(ほりうち・しげと) 1967年大阪に生まれる。運輸評論家として、テレビ・ラジオへ出演したり、講演活動をする傍ら、著書や論文の執筆、学会報告、有識者委員なども務める。主な著書に『コミュニティーバス・デマンド交通』(鹿島出版会)、『寝台列車再生論』(戎光祥出版)、『地域で守ろう!鉄道・バス』(学芸出版)など。