プーチン大統領は“核カバン”を敢えて映像に映り込むよう仕向けたか 豊田真由子が考えるロシア核使用の可能性は?
ロシアのウクライナ侵攻から約2か月、日々現地の惨状が伝えられます。
21世紀の世界において、(国内に領土の帰属を巡って、紛争が行われている地域が存在していたとはいえ)、普通の生活を送っていたはずの人々が、軍事侵攻され、爆撃を受け、あるいは、至近で無残に殺戮される、という悲惨極まりない状況を前に、世界の不条理と非道を痛感します。
ウクライナの情勢と今後の見通しを、主に欧米各国当局の分析や、欧米の政治外交や研究者の友人知人たちとのやり取り等を基に、考えてみたいと思います。
なお、3月2日の国連のロシア非難決議に賛成した国(計141か国)のすべてが、ロシアとの付き合い方や、経済制裁などの対応について、西側諸国と足並みが揃っているかというと、全くそんなことはない、という厳しい現実については、また別途ご説明したいと思います。
■戦闘の激化と今後の見通し
ロシア軍は首都キーウ(キエフ)からいったん撤退したと見られていたものの、ウクライナのミサイル攻撃によると見られる旗艦船「モスクワ」の沈没を受け、4月16日、キーフの軍事施設へ精密誘導ミサイルによる攻撃を再び行いました。17-18日にかけて、西部のリビウを含む複数個所へミサイル攻撃が加えられました。
キーウ郊外のブチャやボロジャンカ等で、ロシア軍によるとみられる民間人への残虐行為が明らかになり、さらにプーチン大統領は、ロシアの「対独戦勝記念日(5月9日)」に向け、戦果を誇示するため、東部ドンバス地方での戦闘を激化させることが懸念されていました。4月18日、ゼレンスキー大統領は「ロシア軍が、長い間準備してきたドンバスの戦いを開始した」と述べ、アメリカ国防総省のカービー報道官は、ウクライナ東部と南部でロシア軍が部隊を増強したことを明らかにしました。2万人以上が亡くなったといわれる要衝マリウポリでは、陥落間近と言われながらも、必死の抵抗が続けられています。
戦闘の激化や民間人への殺戮を受け、欧米諸国も、ロシアへの警戒感・不信感を一層強めており、より大型の武器をウクライナに供与し、米英軍によるウクライナ兵への軍事訓練も行われています。
ロシアが攻撃を強めるほど、ウクライナ軍とウクライナを支援する西側諸国も対抗力を強化し、戦況はますます激しさを増し、停戦は遠のく、という状況にあります。
仮にマリウポリが陥落し、ドネツク州とルハンシク州がロシアに完全に制圧されたとしても、ウクライナ政府にとって、両州とクリミア半島は、あくまでも「ウクライナの領土」であり、ロシアに一方的に攻め込まれて、結果、自国領土の一部の「独立」を認めるということは、絶対に受け入れがたいことです。
そしてまた、21世紀の世界においてさえ、「武力によって主権国家の領土を奪うことができる」という既成事実を作ってしまうことは、ロシア近隣の欧州諸国はもちろん、日本を含む世界各国にとって、極めて憂慮すべき事態です。
■戦闘はいつまで続く?
ウクライナとロシアの公式な停戦交渉は、4月1日のオンライン交渉以降は行われておらず、ゼレンスキー大統領は、16日「マリウポリのウクライナ兵が全滅させられれば、いかなる交渉も終止符が打たれる」「我々は、領土と国民については取引はしない」と述べています。
「領土の一部ではあるのだが、実質的にはロシアに占領されている地域(クリミアやドネツク・ルハンシク州)が国内にある限り、安定的な真の平和は実現せず、自国民の生命は危険に曝される」ということを、今回痛感したウクライナとしては、「ウクライナ全土からロシア軍が撤退しない限りは、停戦しない」ということになるのだと思いますが、そうすると、その実現が極めて難しい現状においては、停戦の見込みが立たない、ということになります。
米国のブリンケン国務長官は、「ウクライナでの戦闘は今年末までには続く可能性がある」との判断を、欧州の同盟国に伝えていたとのことで、欧州の政府当局者は、米欧は、ウクライナ戦争は短期的には終結しないとの見方に傾斜しており、プーチン大統領が軍事的な敗北を喫しなければ、外交交渉の模索に転じる可能性も少ないとしました(米CNN、4月16日)。
戦争が長引けば長引くほど、ウクライナの街々は破壊され、両軍の兵士、そしてウクライナの民間人の犠牲も増えていくことが予想され、暗澹(あんたん)たる思いがします。
■核使用の可能性は?
米CIAのバーンズ長官は、4月14日、ジョージア州で講演し、ロシアが通常戦力で劣勢となれば核使用も辞さない考えを以前から示している上、ウクライナで軍事的挫折を味わい、プーチン大統領たち指導部が追い詰められていると指摘し、「ロシア軍の配置状況を含め、多くの証拠があるわけではない」ものの、ロシアによるウクライナでの核兵器使用について「戦術核や低出力核に訴える可能性を軽んじることはできない」との懸念を示しました。
英タイムズ紙は、4月9日、「プーチン氏がモスクワで行われた極右政治家の葬儀に参列し、ロシア版“核のカバン”とともに写真におさまった」と報じ、また4月12日、プーチン大統領がベラルーシのルカシェンコ大統領を伴って、アムール州の宇宙基地を訪問した際にも、周囲の警護スタッフが“核のカバン”を持っている映像が出されました。
実際に核使用を行う準備があることを対外的に示すために、敢えて“核カバン”が映像に映り込むようにしていると考えるのが妥当だと思います。
これまでプーチン大統領は、ウクライナへの軍事侵攻、原発や病院への攻撃、民間人の殺戮と、「さすがにそんなことはしないだろう」という大方の予想を、悪い意味で大いに裏切ってきました。そしてそれが、「核兵器を使用するぞ」というプーチンの脅しについて、「もしかしたら本当にやるかも」と、信ぴょう性を持たせるものとなってしまっています。(それがプーチンの狙いといえば、そうなのかもしれません。)
今後ロシアが、戦況が不利になった場合の巻き返し、欧米の参戦やウクライナへの軍事的支援を抑えるため、といった目的で、限定的に核を使用するという可能性も、残念ながらあり得ると思います。
核を巡る議論というのは、論理面でも実体論でも、大変複雑で難しいものがあるわけですが、それが現実世界で厳しく試されています。
ウクライナと西側諸国が、領土・主権、自由・民主主義といった普遍的(であるはずの)価値を守り抜こうとすれば、本当にロシアに核を使用させることになるかもしれない。一方で、仮に脅しに屈して、妥協をしてしまったら、「核兵器を使って脅したら、得をする」という前例を作ることとなり、世界の他地域も含めた、さらなる核のリスクを惹起する可能性を高めることになります。
このジレンマにも、世界は直面しています。
◆豊田 真由子 1974年生まれ、千葉県船橋市出身。東京大学法学部を卒業後、厚生労働省に入省。ハーバード大学大学院へ国費留学、理学修士号(公衆衛生学)を取得。 医療、介護、福祉、保育、戦没者援護等、幅広い政策立案を担当し、金融庁にも出向。2009年、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官として、新型インフルエンザパンデミックにWHOとともに対処した。衆議院議員2期、文部科学大臣政務官、オリンピック・パラリンピック大臣政務官などを務めた。