「生後5か月以内に不妊去勢手術を」犬猫の過剰繁殖の問題を解決するため、立ち上がった女性獣医師に聞いた
4月17日、大阪市内のホテルである団体の設立記念パーティーが開催されました。パーティーと言ってもこのご時世、マスク会食と意見交換会だったのですが、全国各地から獣医師たちが集まり、熱い議論が交わされました。団体の名称は『一般社団法人 Spay Vets Japan(スペイベッツジャパン)』(代表理事・橋本恵莉子)。過剰繁殖に起因する動物の苦しみ、不利益、関係する社会問題を計画的に改善するために結成された、早期不妊去勢手術を推奨する獣医師の非営利団体です。立ち上げメンバーの獣医師に聞きました。
立ち上げメンバーの一人であり理事を務める野村芽衣獣医師は、今年3月末まで兵庫・尼崎市動物愛護センターに勤務する行政獣医師でした。業務は多岐にわたり、獣医師として収容動物の管理・治療を行うのはもちろん、市の職員として市民の声を聞き、野良猫問題や多頭飼育問題の解決にも尽力。その中で、行政の限界も感じるようになり…。
■行政獣医師に転身するも限界を感じ、課題解決に向かって新たな道を
野村「大学卒業後に大阪府の動物病院で小動物の臨床獣医師をしていたのですが、野良猫や野良犬を保護して連れて来られる方々がいました。その子たちは命を救われたけれど、善意がなければ野外で命を絶たれていたわけです。あふれる命がある中で、動物行政はこの問題にどう向き合っているのかと疑問がわき、行政獣医師に転身しました。そして、中に入って改めて深刻な状況だと実感したんです。
多頭飼育問題に関しては、動物は飼い主さんの所有物になるため行政が介入できないことも多いのですが、尼崎市はできる限り積極的に取り組んできました。多頭飼育になっているお宅を訪ねて話し合いを重ね、助成金制度なども提案しながら不妊去勢手術を勧めていく。無事手術が終わりもう増えないと分かると安心されるのか、飼い主さんの表情がガラッと変わるんです。もちろん、飼育可能な頭数に近づけるアフターフォローも重要です。
ただ、それでもまだ過剰繁殖は止まない。解決するには末端の保護・譲渡だけでなく、望まれない命をいかに増やさないか、大元の蛇口を締める必要があります。でも行政業務の傍らの作業では、地域の過剰繁殖問題を解決するには到底至っていない現実があります。施設・人員・予算規模、トップの考え方などの状況にもよりますが、過剰繁殖問題に対する対応が追い付いていないんです。行政獣医師としてできることへの限界を感じ、外に出たほうができることがあるんじゃないかと。行政と民間がそれぞれの立場を尊重し、役割分担をして、できることを補い合いながら課題解決に向かうべきだと考えています」
■早期不妊去勢手術をスタンダードに
野村獣医師が行政を離れ、新たに取り組み始めたことは2つあります。1つは『Spay Vets Japan』として犬猫の過剰繁殖の問題を正しく発信し、かつ5か月齢以下の犬猫に対する不妊去勢手術を世の中のスタンダードにしていくこと(犬は状況による)。生後6か月を過ぎなければ手術をしない獣医師がほとんどだそうですが、猫は生後4~5か月で妊娠する可能性があるのだとか。
野村「早期の不妊去勢手術は危険だという考え方が今も日本の獣医師界にはあるのですが、海外では多くの臨床データから安全性が証明されています。世界最大の獣医師団体である米国獣医師会(AVMA)が、すべての猫(飼い猫・野良猫含む)の『5か月齢までの不妊去勢手術』を推奨する考えに転じ、州獣医師会も次々とその考えに賛同する傾向にあります。そうした組織が発表している文書や学術論文などを読み解き、国内に発信していくのが私の役目の1つです。情報発信はとても重要だと考えています。獣医師は最初に勤めた病院の見解や方針に従いがちですが、最新の文献や情報を発信することで、彼らが新しい考えを取り入れるきっかけになればと思っています。
幼齢犬猫の手術に不安がある獣医師に対しては、将来的にSpay Vets Japanを通じたデモオペ(公開手術)やトレーニングプログラムの中で技術研鑽や交流ができればと計画しております。不妊去勢手術を専門に行うスペイクリニックでは、犬猫の負担を最小限にする手技を導入し、発情、妊娠をしていなければ、術創は1センチにも満たない。過剰繁殖を止めるため、いかに高回転・低価格・安全に手術できるかということを広く知っていただきたいと思っています」
■課題解決型時限付きクリニック
野村獣医師の取り組みの2つ目は「課題解決型時限付きクリニックの開設」です。何、それ?と思われた方が多いでしょう。でもこれこそが、過剰繁殖に起因する動物の苦しみ、不利益、関係する社会問題を解決するために有効な手段なのです。
野村「行政の殺処分数、路上死数、苦情件数などの統計学的なデータと、フィールド調査などを織り込んでターゲット地域を抽出し、過剰繁殖に対して獣医療が足りていない地域でスペイクリニックを開設します。そこで数年かけて繁殖予防を集中的に実施し、次のターゲット地域に移る。需要に応じたサービスを供給する、という考えです。1つ目の地域として現在は関西圏で開業準備を進めながら、“出張手術獣医師”という肩書で大阪や徳島のクリニックで不妊去勢手術を行っています。
8年間行政獣医師をして今やるべきことを見つけ、それに向かって動きだしたところです。今はとにかく不妊去勢手術が必要。不幸な命を産み出さないことが大切なんです」
(まいどなニュース特約・岡部 充代)