人慣れしていない姿に「この子も可愛いですね」 家族の真摯な思いと「変わらない日々」が、怯える猫の心を開いた
人に懐かない猫は、貰い手がつきにくい。これが保護猫活動ふくめペット業界の常識です。埼玉県で「キャットシッター8waledrops」を経営するYさんも、そう思っていた一人。彼女は6年間保護猫団体でボランティアをし、現在は個人でペットシッター業を営んでいますから、猫のことはよく分かっています。
しかし、そのYさんをも驚かせた猫がいるのです。それは「お銀ちゃん」というキジトラの女の子です。お銀ちゃんは埼玉県のとある工場で、母猫と兄弟猫の金太郎くんと暮らしていました。が、いかんせん大きな車の出入りが多い場所。事故にあってはならないと、見かねた従業員さんがYさんに保護依頼をしました。周辺は藪も深く、他の動物から捕食される危険性もありますから。
工場の社長さんは快く保護に協力してくれた上に、なんと母猫のTNRの費用負担まで申し出てくれたのです。やはり、社長さんも猫が気掛かりだったよう。敷地内に捕獲機や罠を設置し、猫たちを保護していきます。少し時間はかかりましたが、お銀ちゃんと金太郎くんの保護に成功。2021年9月末のことです。
この時、お銀ちゃんたちは生後約2カ月。可愛い盛りですので、すぐ貰い手がつくとYさんは考えていました。子猫なら人に慣れるのも早いですからね。
ところが、お銀ちゃんは全然心を開きません。人間が怖くて、お世話のために近づくYさんにも「シャー!」「フー!」と威嚇します。ケージの隅っこでうなるか、金太郎くんにくっついたまま。
このままでは家庭内野良猫になってしまう…。危機感を持ったYさんは心を鬼にして、お銀ちゃんと金太郎くんのケージを分け「人慣れ訓練」を始めました。お銀ちゃんは寂しそうな表情を浮かべています。それを見るのはとてもつらかったのですが、お銀ちゃんは孫の手で撫でられると嬉しそうな様子を見せるため「きっと甘えん坊になるはず」とYさんは希望を持っていました。
まだまだ人慣れには時間がかかるな…と感じていた2022年1月、ある家族から里親になりたいという打診がありました。それはお銀ちゃんではなく、他の猫ですが。家族を保護部屋に通し、Yさんは希望される猫だけなく他の猫も紹介をしました。すると、お銀ちゃんを見たお母さんが言うのです。
「この子も可愛いですね」
お銀ちゃんはケージの中でいつも以上にムスーっとしているのに、そんな感想を抱いてもらえるだなんてYさんは意外でした。一緒に来ていた高校生のお兄ちゃんは、優しい目でケージの中のお銀ちゃんを見つめています。Yさんは「すぐ懐く子ではない」と強く伝え、それに付け加え「ただしやり方によっては絆を深く築けるかもしれない」とも伝えました。家族はこの日、譲ってもらう猫を決めず帰宅しました。
数日後、お母さんから「お銀ちゃんを引き取りたい」と連絡がありました。そして「この子と末永く関係を築くには、どうしたら良いですか?」とも言ってくれたのです。この言葉に「この人なら大丈夫かもしれない」と感じたYさんは、自分の知っている全ての人慣れ訓練法を家族に伝授。アドバイスを共有できるように、LINEグループも作りました。家族は真剣に取り組みます。
このように下準備を念入りに行い、2022年2月にお銀ちゃんのトライアルがスタート。お銀ちゃんのケージは、静かで落ち着いたお兄ちゃんの部屋に置きます。通常1週間のトライアル期間を1カ月に延長し、様子を見ることに。やはりYさんは心配だったのです。伝えるべきことは伝え、必要な道具もお貸ししたけれど…。でも、あれだけ真剣に取り組んでくれた家族です。あとは任せようと考えました。
家族の真摯な想いが通じたのか、トライアルに出たお銀ちゃんは表情がどんどん明るくなっていきます。1カ月も経つと、お兄ちゃんにお腹を撫でられても平気に!あれほど怖がっていたのに、ケージの外へ自分から出て、家の中を探検するようにもなったのです。
さて、どんなことをお兄ちゃんはしたのでしょうか?
「教えてもらったことを、同じ時間に毎日しただけです」
気まぐれに構わず、程よい距離をもって淡々と接する。日によって違うことはしない、ハイテンションで接することもしない。人慣れ訓練の基本を忠実に守ってくれたことが、お銀ちゃんの恐怖心を消し去ってくれたのです。
もう大丈夫と確信したYさんは、お銀ちゃんを正式譲渡。今では「銀」と名前を少し変え、家族のアイドルになっています。好奇心旺盛でテレビにも興味津々。朝は中々起きてこないお兄ちゃんからのご飯を待つより、お母さんにお願いした方が良いとも気付きました。賢い。まだちょっと表情は固いですが、家族は皆「銀ちゃん、可愛い」とメロメロ。ちょっとした仕草がたまらないんですって。
Yさんは心底ホッとしました。実はお銀ちゃんたちがYさんにとって、独立後初めての捕獲だったのです。今まで団体で行っていたので、一人で全てを決断したことがありませんでした。キャットシッター業を営みながら、保護猫活動をしていけるという自信もつけさせてくれたお銀ちゃんは、Yさんにとって忘れられない猫になるでしょう。
お銀ちゃん、これからも幸せにね。それがYさんの一番嬉しいことだよ。
(まいどなニュース特約・ふじかわ 陽子)