戦勝記念日で破天荒なへ理屈、こわいのはロシア国民が信じること… 豊田真由子がプーチン大統領の演説を考察
5月9日のロシア「対独戦勝記念日」軍事パレードの場で、プーチン大統領の演説が行われました。演説をする前に、プーチン氏はロシア国民に対し、どんなことを話すのか予想していました。そして実際はどんな演説だったのか、国民にどんな影響を与えたのか、考察してみました。
■<プーチン氏演説前>
▽ウクライナ侵攻を正当化する絶好の機会として利用するだろう。
対独戦勝記念日のロシアにとっての重要性を考えると、ドイツが1945年に無条件降伏文書に調印した日で、ロシアにとっては「ロシアが、ナチスから世界を救った日」。ロシアは、今回のウクライナ侵攻について「『ドネツク・ルハンシク人民共和国』を攻撃してきたウクライナ(“ナチス”)に対し、集団的自衛権を行使して反撃したら、今度は西側諸国が武器の供与という形で攻撃してきた。だから今ロシアは、“世界のナチス”(西側諸国)と戦っているのであり、先人と同じように、“ナチス”を倒さねばならないのだ」と、今回のウクライナ侵攻を正当化するだろう。
▽先の大戦のナチスによるソ連の膨大な犠牲を想起させ、今回のウクライナ侵攻は「あの悲劇を繰り返させない、ロシア国民を守るための戦いなのだ」と言うだろう。
第二次世界大戦で、ソ連は、軍人・民間人併せて約2700万人(人口の4分の1)の死者を出し、ドイツに侵攻された地域の惨状は苛烈を極めた。今日、改めてそれを思い起こさせ、「今、西欧のナチスと戦わないと、ロシアはまた同じ目に遭う」と脅かすことで、今回のウクライナへの“特別軍事作戦”は、ロシア国民を守るために必要なのだ、と国民に思わせるように仕向けるだろう。
▽「戦争状態宣言」はしないだろう。
「戦争状態を宣言して、戒厳令や総動員令を出す」という予想があるが、それはすなわち、ロシア国民の生活を大幅に制限することを意味し、国民の支持を減らす方向に作用するので、私は、しないと思う。今日を利用して、国民の支持を集める場とするはず。
■<プーチン氏演説後>
▽兵士を鼓舞する戦時演説の典型。
まさに“戦時のセオリーどおり”の演説だったと思う。古今東西変わらないことだが、兵士の士気を最も高めるのは、「自分は、祖国と愛する人たちを守るために戦っているのだ」と思ってもらうこと。そして、「あなたに万一のことがあれば、国は、あなたとあなたの家族を必ず守り、その功績に報いる」と言うこと。そこにかなりの時間を割いていた。
◇ ◇
わたくしは、厚生労働省で、第二次世界大戦の我が国の戦没者と遺族の援護の仕事に携わったことがあります。多くの戦没者の手記を読み、ご遺族にお話をうかがい、外地にご遺骨の収集にも参りました。戦没者の方々が、どれだけ強い思いで、祖国を守り、愛する人たちを守るのだと覚悟し、そして愛する人たちの幸せを願っていらっしゃったか、涙無しには、読めませんでした。
ちょうどその頃、厚労省では、第二次世界大戦の戦没者遺骨のDNA鑑定事業の開始を検討していたため、米国ハワイの空軍基地にある「米国防総省捕虜・行方不明者調査局(DPAA)」を訪ね、米軍がどれだけの熱意を持って、自国の捕虜や行方不明者の捜索・帰還に取り組んでいるか、そしてそれは、「国が『命をかけて国のために戦ってくれ』と送り出すからには、『万が一のことがあったら、国はどんなことをしてでも、必ずあなたを家族の元に返す』と約束することが大切だからだ」と学びました。米軍は、DNA鑑定についても、どんな骨片までも鑑定し、必ず遺族の元に返すという姿勢でした。
戦地に赴くとはどういうことであるのか、国を守るとはどういうことであるか、を改めて考える日々でした。
今回、プーチン大統領が、戦地にいる兵士を称え、気遣う発言をしたのは、兵士の士気を上げ、鼓舞させるための方策に、まさに則ったものであるといえるとは思います。
▽ロシアは、今後も占領した地域を中心に、戦いを続けるだろう。
現在までのロシア軍の被害はかなり大きく、ハリコフ周辺等でもウクライナは押し返していると言われており、ロシアの思惑通りには全く進んでいないが、当初のプーチンの野心は変わっておらず、現状と大きなギャップがある。今後の現実的な路線として、ロシアは戦線を拡大するのではなく、ドンバスなど現在占領している地域の確保に集中することになるだろうが、ウクライナは当然それを認めないので、膠着状態の長期戦となることを危惧している。
◇ ◇
今回のプーチン氏の演説は、2月24日のウクライナ侵攻時から、これまで折に触れ言ってきたことと、ほぼ同じことを繰り返しただけ、ともいえると思います。「今はもはや、ウクライナだけではなく、西側諸国という“世界のナチス”が相手なのだ。その脅威からロシアとロシア国民を守るためには、戦うという選択肢しかなかったのだ。」と言い、そして、戦況は膠着していても、特に大きな変更を実施することは、(少なくとも今の時点では)ないだろう、ということが推察されます。
全体として、今回のウクライナ侵攻について、なんという破天荒なへ理屈をこねるのだろう、という印象が強いですが、こわいのは、ロシアの多くの人々が、それを信じているであろうこと(一つの事象でも、解釈する人により、全く違う話になる)、そして、ロシアはこれまでも、同じようなへ理屈で、実際に各地(クリミアやジョージアなど)に侵攻を繰り返してきたこと、また、人類の長い歴史を振り返れば、それは決して珍しいことではないということです。
そうしたことを踏まえて、人類の歴史の一番先にいる我々が、歴史から学び、今、何をどうするか(すべきか)、ということなのだろうと思います。
◆豊田 真由子 1974年生まれ、千葉県船橋市出身。東京大学法学部を卒業後、厚生労働省に入省。ハーバード大学大学院へ国費留学、理学修士号(公衆衛生学)を取得。 医療、介護、福祉、保育、戦没者援護等、幅広い政策立案を担当し、金融庁にも出向。2009年、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官として、新型インフルエンザパンデミックにWHOとともに対処した。衆議院議員2期、文部科学大臣政務官、オリンピック・パラリンピック大臣政務官などを務めた。