北に生きる“令和のボス猫”は強いだけじゃない…「みんなケンジを好きになる!」 自然体で漁師町の猫も人もとりこに

いるだけで周囲の心を和ませ、明るくさせる。そんなボスがいれば、とても幸せなことではないでしょうか。実は北海道小樽市の漁師町に、そんなボスがいるんです。その名も「ケンジ」。キジシロの猫です。2019年からボス猫として地域猫を束ねています。さて、このケンジくんはどのような経緯でボス猫になったのでしょうか。

■ボス猫の推薦で次世代ボス猫に

一般的にボス猫の世代交代は、ボス猫とボス猫候補とのケンカによって起こります。ボス猫が勝ったら世代交代はナシ、ボス猫候補が勝ったら世代交代です。

でも、ケンジくんの場合は違います。先代ボス猫の飛雄馬くんの推薦でボス猫になったんですよ。もっとも人間のように委任状があるわけではありません。ある時から飛雄馬くんはケンジくんと常に一緒に過ごすようになったんです。それが猫の世界の「委任状」代わりだったよう。

「これからケンジがボスだからね」

それを飛雄馬くんは周囲に知らせていたのです。これは旧態依然とした喧嘩上等の猫へのアピールでもあったはず。オス猫2匹が仲良く並んでいる姿を見せることで、ケンカではなく調和を目指した地域を作ろう。そんな無言のスローガンのようですね。

もっとも、体の大きなオス猫2匹が一緒にいたら、ケンカを挑もうにも勝てませんが。

■強いだけのボス猫ではいけない

飛雄馬くんがケンジくんを後継者に指名したのには、恐らく理由があります。漁師町の猫は野良猫とも地域猫とも違い、ネズミ捕りをしたり雑魚を処理したり等のお仕事があるからです。だから昔からとても大切にされているんですよ。ペットというより、仲間です。

「金色の目の猫がいると大漁になる」

こんな縁起を担がれるほど。

ですから、猫だけに信頼されていてはダメ。人間からも信頼される存在であることが、ボス猫の条件になります。

実はケンカの強いしろうくんという猫が、次世代ボス猫だと思われていたんです。ケンカが強く、人間とのコミュニケーション能力が高い。でもそれだと、しろうくんだけが利益を得る結果になるんです。他の猫を押しのけて仕事を得ることになりますから。

それを飛雄馬くんは危惧したのでしょう。温厚な性格で、文字通り誰とでも仲良くできるケンジくんを推しました。ケンジくんがボスになり数カ月後、地域が穏やかな調和を保っている様子を見届けた後、飛雄馬くんは永眠。6歳になるかならないかの年齢でした。

■「ケンジが好きだから!」と動いてしまう人間

ツートップ体制が崩れてさぞかしケンジくんは不安にかられているだろうと人間は思うのですが、当のケンジくんは自然体。普段通りの日々です。その姿が猫たちに安心をもたらしたようで、大きな混乱はありませんでした。

ケンジくんはいつも仏様のような半眼でいるので、人間も一緒にいると何だかホッとするよう。漁師さんだけでなく、近くの運送会社の社長さんにも気に入られケンジくん専用の家まで建ててもらったんです。社長さんに何か利益があるわけではありません。ただ「ケンジが好きだから」という思いからのケンジ御殿の建設なんですよ。

それまでケンジくんたち漁師町の猫は漁師小屋で過ごすのが当たり前だったのに、ケンジくんの存在が人間をも動かしたのです。

動かされたのは、地域の人だけではありません。滋賀県在住の写真家・土肥美帆さんも動いてしまった一人です。他の猫の撮影に訪れたこの町でケンジくんと出会いました。2018年のことです。

土肥さんがケンジくんと初めて出会った時、ケンジくんは砂浜を鳴きながら走っていたのだそう。ケンジくんの目の前には、ケンジくんの恋のお相手であるきっこちゃんの姿が。きっこちゃんは全然相手にしていないんです。それなのに甲高い声で鳴き続けるケンジくんがおかしくて、愛おしくて。すっかりケンジくんに魅了されてしまいました。

■ボス猫として脂が乗っている今だからこそ

それから年3回ほどケンジくんの撮影に小樽市を訪れるように。1度の滞在で2~3週間いますから、特別なケンジくんの姿だけでなく普段の姿も撮影できます。撮影した写真をInstagramに投稿すると、瞬く間にケンジくんのファンが増えました。皆一様にケンジくんの自然な姿に表情が緩むよう。

ファンからの贈り物もあり、それを嫌がらず受け取るケンジくんの懐の深さ。それもまたファンを増やす要因になりました。

現在ケンジくんは7歳。ボス猫としても脂が乗っている時期です。今だからこそ後世にケンジくんを伝えたいと土肥さんは思い、2022年8月18日に写真集を河出書房新社から発売しました。タイトルはズバリ『みんなケンジを好きになる』。

土肥さんのフィルターを通して見るケンジくんの姿は、科学が発展した現代に人間が忘れたモノが詰まっています。それは何事にも縛られない自然体であったり、周囲との調和であったり。忘れてしまっているものの大切だからこそ、『みんなケンジを好きになる』のでしょう。

■駆け引きナシの「好き」の気持ち

ケンジくんに駆け引きはありません。好きなものは「好き」で、嫌なものは目の前にありません。「ケンジ」以外の名前で呼ばれても、愛情があればOK。こだわりを持たず、穏やかな風のように水のように生きる。これこそ激動の令和の時代に必要なボスの姿かもしれません。

もしかすると「こうあるべき」というのは、人間の思い込みかも。ケンジくんの姿から学ぶことは多そうです。

(まいどなニュース特約・ふじかわ 陽子)

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