「手取り9万8000円では暮らせない」非正規図書館員の訴え 知っていますか図書館の“現実”
非正規図書館員の待遇改善を求める署名サイトが今、大きな反響を呼んでいる。声を上げたのは、ある地方都市の公立図書館で「会計年度任用職員」として働いている20代女性の滝本アサさん(仮名)。「最低賃金+40円」「手取り9万8000円」で、一人暮らしができないような労働条件を不当だと感じ、「私たちを助けてください」と窮状を訴えたところ、4万6000人以上の賛同署名が集まった(8月26日現在)。これまでも度々問題視されてきた非正規の図書館員が置かれている状況について、アサさんに話を聞いてみた。
年収150万円程度で、手取りは「もっと低い」というアサさん。「大丈夫、年収150万円でも生きていけます。たくさん節約さえすれば。服はシーズンに1着、仕事服はユニクロの上下色違い3セットを年中着てます。お金が無いので弁当を持って行って、外でジュースなんて飲みません」(署名サイトより)。
そんな現実を踏まえ、アサさんは日本政府に4つの提案をする。「雇用年限の撤廃」「最低賃金の引き上げ」「退職金の支給」、そして「図書館員の研修充実と司書資格取得の全額補助」だ。「多くの非正規図書館員は数年ごとの雇い止めに怯えながら働いています。経験のある図書館員が意に沿わず辞めさせられないよう、雇用年限の撤廃を求めます」など、それぞれの提案をするに至った根拠も示し、「あなたの署名をいただけませんか。悪いことは起きません。ただ全国の図書館員の生活が楽になるだけです」と呼び掛けている。
アサさんは実は大学卒業前に別業界で内定を得ていたが、厳しい就職活動で心身のバランスを崩してしまい、内定を辞退。実家で休養中に、非常勤の図書館職員の募集を見つけた家族から勧められて受けた採用試験に合格し、そのまま働き始めて今に至るという。
「うつ状態で、当時は採用条件のことまでまともに考える余裕がありませんでしたが、仕事に慣れてくると、やはり待遇の悪さを感じるようになりました。でも、『ここを辞めたらどこも雇ってくれない』『私のような人間を働かせてくれるだけでありがたい』という思い込みにとらわれていたので、黙って働き続けてきたんです」
ところが今年、新型コロナウイルスに感染したことが決定的な転機に。10日間の自宅療養を余儀なくされたことで、自分が置かれている状況についてじっくり考える時間が生まれ、あらためて「この待遇は不当だ」とはっきり認識するようになったという。
「調べてみると、非正規雇用問題を改善すべく、日本図書館協会や研究者の方々が行動していることが分かりました。同時にそれが、一般の図書館利用者に伝わっていないことも。利用者の方々に図書館の今を分かりやすく伝え、協力を仰ぐ。それはまだ数年しか図書館で働いていない私だからできることなのではないか。そう考えて、署名を始めました」
■識者は「図書館の制度が壊れることを危惧」
日本図書館協会の統計によると、1991年の1984館以降、全国の公共図書館の数は年々増えており、2021年には3316館に。逆に専任職員(いわゆる正規職員)の数はここ20年、減少傾向にあり、2001年には1万5347人だったのが2021年には9459人になっている。その一方で、自身も大学図書館司書の経歴を持つ都留文科大学の日向良和教授(図書館学)によると、今は図書館員の約7割が非正規。「例えばどこかの市の図書館に行くと、3人に2人程度は非正規の方だという計算です。しかも非正規職員は9割が女性。日本では図書館は女性の職場だと見られており、パートやアルバイトなど、主に家庭の収入を担う夫がいる女性の働き方に合わせて、制度が構築されてきたという歴史があります」と日向教授は指摘する。
「非正規図書館員の劣悪な労働環境は、保育士や幼稚園の教員、看護師など、女性の多い職場が共通してずっと抱えている問題。ジェンダーバイアスもあると見ていいでしょう」
現場では、“正規”と“非正規”の断絶も深刻だという。
「そもそもアサさんが訴えておられるように、はっきり言って非正規の図書館員が自分の稼ぎだけで一人暮らしをするのは不可能です。今は彼ら、彼女らの職業意識の高さで図書館業務もどうにか回っていますが、こうした人たちが安心して働けず、専門職としてキャリアを積むこともできない状況で、現場の鬱屈や不公平感も高まっています。このままでは場当たり的な図書館運営になって、最終的に図書館の制度が壊れるのではないかと危惧します。放置していい問題ではありません」
「ただ、正規職員の間では『あなたたちはいいよねと思われるのは心外だ』という声もあります。正規職員は最終的な責任を負う立場で、コロナ対応や議会対応、クレームの処理など、業務も煩雑で膨大。『非正規の人はそもそも働き方が違うではないか』と言いたい気持ちも分かります。でも知ってもらいたいのは、非正規の待遇ではそもそも暮らしていけないのです」
日向教授は、アサさんが投じた一石をどう見たのか。
「インターネットの署名が社会的な動きになっていくのは難しいかもしれません。ただ、今回はTwitterでも大きな注目を集めましたし、新聞社などには労働問題について以前から継続的に取材している記者もいます。そういうことの積み重ねによって、社会に土壌もできていくのではないでしょうか」
「図書館の仕事、司書の仕事って、とてもクリエイティブでやりがいもあるので、就職を希望する学生さんも多いんです。だからこそ労働条件がなかなか改善されない構造になっている側面もありますが、その仕事では暮らしていけないというのは本当に深刻な問題。今後必要なのは、やはり労働組合や政党などと連携したりしながら、働き続けられるように声を上げていくこと。時間はかかりますが、社会運動につなげていけるよう地道に取り組んでいかなければなりません」
■「図書館は今ここで変わるべき」
最後に、アサさんからこんなメッセージが寄せられたので、全文を紹介したい。
「私は図書館の仕事が好きです。
利用者が知りたい情報の載った本を提供できた時。読み聞かせを聞く子どもたちの楽しそうな顔を見た時。読む人のことを考えながら、本のフィルムコーティングをする時。図書館で働けてよかったと思います。もちろん大変なことも沢山ありますが。
それと同時に、図書館員は仙人のように霞を食べて生きていけるわけではありません。やりがいだけでなく、十分なお金がもらえなければ、生活は出来ないのです。
待遇の悪さのために、やる気も知識もある非正規図書館員が、1人また1人と図書館から去っていきます。
正直、私だけならどうでもいいんです。
図書館員の待遇を知って就職したのに文句言うな。さっさと転職すればいい。そういった意見があることは承知しています。
私が転職して今より勤務日数を増やせば、たしかに給料は増えると思います。ですが空いた私の席に座るのは誰でしょうか? まさか正規職員を雇いはしないでしょう。私の後輩、そして次の子ども世代へと、問題は先送りにされるだけです。
それならば、今ここで、図書館は変わらなければなりません。
私は今、様々な方に相談しながら、労働組合に入るor作ることを考えています。実際に活動が始まった際には、また皆さんのお力を貸していただけると嬉しいです。
最後になりますが、ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました」
(まいどなニュース・黒川 裕生)