90歳を超えてもなお新発見、超高齢期の生き方を指南…「物忘れ対策」「ニオイ対策」「上手な人間関係」
『老いの福袋』『老~い、どん!』など数多くのベストセラーを持つ評論家の樋口恵子さん。今年で90歳を迎えられ、『90歳になっても、楽しく生きる』(大和書房)という本を刊行されました。「人生100年時代」と言われるなか、90歳を超えてもなお新しい発見ばかりだという樋口さんの体験談や知恵が、読みやすいコラム形式で軽快に楽しめる一冊です。
冒頭で綴られた「90歳を迎えていよいよ人生の終盤に臨む私は、まるでオリンピックか何か大きな競技大会に臨むような緊張を覚えます。どんな90代になるのでしょうか」の言葉通り、どこか毎日に緊張感があるようにも映る一方、それ自体を楽しむかのような樋口さんの筆致から「老後の不安」が吹き飛ぶ内容です。シニア世代の方はもちろん、子ども、孫の世代の方も「シニア世代のやさしい参考書」としても読むことができそうです。
今回は、本書からいくつかの知恵とエピソードを転載しご紹介します。さらに、後半では担当編集者の話もご紹介します。
■物忘れで広がる友達の輪
本書は老化で避けて通れない「物忘れ」のエピソードから始まります。できるだけ「物忘れ」が起きないよう努めて過ごしたいのは当然ですが、それでも「物忘れ」「勘違い」を発端とした、争いの発展することもあります。こうならないために、樋口さんは「物忘れ対策の王道」として、以下を提案しています。
1 謝る
2 予防、備忘録、メモを取ること
3 迅速な事後処理
これだけを聞くと、ごく当然のようにも聞こえますが、そこは樋口さん。独自の知恵も紹介しています。
「忘れないようにメモを取ると同時に、『あなたも忘れないでね』と念を押して、他人に依存することも安全策になります。同じ年頃同士のときは、こうして記憶を共有するといいですよ。記憶の助け合い安全ネット。これぞ情報の共有化! ただし、相手が忘れてしまっていても恨まないことです。双方が忘れることだってありますから。物忘れで広がる友達の輪! お互いさまなのだから」
■老人が避けて通れない「独特のニオイ」の対策
90代になれば「やること」「できること」のキャパシティも狭まってくるのは当然ですが、「やることがたくさんあって混乱しそうなとき」に対して、樋口さんは本書の中でこんなアイディアも教えてくれています。
「たとえば私の場合、公私共に仕事がいくつも重なって、どこから手をつけたらいいかわからない、ということがあります。その際、やるべき仕事の中でも切羽詰まったものをいくつか書き出し、その中の取りかかりやすいものから始めます。<中略>そうして、一つひとつ片づけていけば、気がついたときにはだいたい全部片づいているのです」
さらに、老人が避けて通れない「独特のニオイ」……加齢臭についての対策も紹介しています。
「入浴、歯磨きなどを怠らないようにすることはモチロン大事なことですが、案外、忘れがちなことは、同じ衣服を着続けることです。一回着るたびに洗濯は大変ですが、まだいいかな……と何日も続けて着続けないことです。衣服には、思いのほか体臭が沁みつきます。また、部屋を閉めっぱなしだと、自分ではわからなくても部屋のニオイが沁みついていたりします。クローゼットも時々は換気を。自分だけは大丈夫と思わず、気をつけること」
おひとりシニアにとってのコミュニケーション術・4つの方法
また、老いに向かうにつれて、より大切になることとして、樋口さんは「人間関係」を本書で挙げています。特に「おひとりシニア」と言われる人は、良い人間関係をつくることで、結果として孤独死も避けられるとも。樋口さんが本書で挙げている「おひとりシニアが人間関係を上手に保つ4つの方法」は以下になります。
1 過去は問わない。現在が大切
男性は過去にこだわります。定年後の名刺にも「元~会社(もちろん大企業)部長」と書いてあったりします。それに比べて女性は名刺なしで付き合ってきた歴史が長いので、今この時間を共有している事実から人間関係を広げることができます。過去の栄光にこだわらず、今を大切に生きることです。
2 気軽にあいさつし、おしゃべりを楽しむ
ほとんどの女性はゴミ出しで人に会っても「こんにちは」などのあいさつを気軽にします。ある団地の孤独死ゼロ作戦は、「隣近所にあいさつをしましょう」から始まります。常識的すぎると思われるかもしれませんが、その積み重ねが功を奏するのです。
3 着ているものなどをほめ合う
買ったもの、着ているもの、趣味などをほめ合ったりする話題が多いのは女性です。<中略>男同士で「あなたのネクタイすてきですね」「そのタイピンいいよ」と立ち話するでしょうか。女同士というのはそれができる。そこから会話が広がるのです。
4 ダメでもともと、女のチャレンジ
女性は習いごとが好き、教わることが好き。仲間がいればなおヤル気が出る。超高齢期の生き方として得がたい美徳です。男性にも近ごろ習いごとや講座に通う人が増えました。時間に余裕ができても「習いごとやカルチャー講座なんか行けるかよ」という男性が多かったのですが、このごろの男性は、てらいなく通う人が増えてきていいことだと思います。
■今日1日をていねいに楽しく生きるためのヒント満載
ここまでに紹介したものは本書のほんの一部に過ぎませんが、これら以外のどの項も樋口さんならでの膝を打つようなシニア世代へのアイディアと応援が惜しみなく綴られており、読みやすいです。ただし、想像以上にライブ感のある構成でもあり、本書を編まれた背景も気になります。本書の担当編集者に聞きました。
「90歳になられた樋口さんの校正刷りのチェックは今回2回でした。1回目で細かくていねいに手を入れられたあと、2回目でそれをもう一度確認したいとのこと。『明日が締切』というとき、突然、お電話がありました。『90歳になった自分が今考えていることを、この本の中にどうしても書き入れたい。締切を待ってもらえないかしら』
余裕のないスケジュールで、発売日は迫っています。とにかく、次の日、朝10時におうかがいすることになりました。
10時ぴったりに玄関のチャイムを押します。樋口さん宅の応接室の大きなテーブルに向かい合わせに座りました。校正刷に黙々と書き入れる樋口さん。そして『お昼は準備してあるから心配しないでね』(えっ、ひょっとして今日、全部終わる?)。出来上がったものから1枚1枚いただき、その場で必死に引き写しました。
朝10時から午後2時半までびっちり。緊張感に溢れた濃密な4時間半でした。これぞ編集という仕事の醍醐味、『編集者になって良かった』と心の底から思いました。終わったときは『やったあ!』『バンザイ!』とエア握手!
それにしても、スイッチが入った時の樋口さんの集中力はすごい。貫かれた仕事への姿勢、情熱が伝わってきました。20分だけランチタイム。定期的にお願いしているというシルバー人材センターの方が作って下さった冷やし中華とサラダをご一緒したのですが、ご自分の歯なのであっという間に完食。『今日のデザートは何かしら?』と、ゼリーとアイスクリームもペロリでした」(担当編集者)
「締切」という切羽詰まった状況でも、それ自体をどこか楽しんでいるようにも思える樋口さんと担当編集者のエピソード。これがそのまま本書の「シニア世代の楽しい暮らし方」の提案にもリンクするように思いました。
「年をとれば誰でもいずれはヨタヘロになる。ひとりでは生きられない日が必ずやってくる。心を励ましながら、家族や他人に助けてもらいながら、先のことを心配しすぎず、今日1日をていねいに楽しく生きるためのヒントがいっぱいの本です。
『着るものを選ぶのは残された大切な自己表現』『周りの噂話は馬耳東風で聞き流す』『弱者になる自分を受け入れながら、尊厳をどう保つか』ほか、樋口さんの元気が出る言葉がたくさんあります。ぜひ多くの方にご一読いただければ幸いです」(担当編集者)
(まいどなニュース特約・松田 義人)