食欲もあって元気なのに、寝たきりに 原因不明・進行性の疾病に悩む猫の「リハビリケア」とは?

私が動物のリハビリに関わって10年になります。猫ちゃんのリハビリは、ワンちゃんのリハビリよりも圧倒的に件数は少ないですが、事故での外傷や関節炎などの整形疾患、神経系の疾患、シニア猫などのケアに携わってきました。寝たきりになった猫ちゃんのリハビリについて、実際に関わらせていただいたケースをご紹介します。

■少しでも暮らしやすいように

うりちゃん(3歳・メス)は、1歳を過ぎたころから徐々に足を踏み外すようなことが出てきて、運動失調が出現し、歩行が不安定になりました。その1年後には失明し、四肢は麻痺し、起き上がることはできなくなりました。頭部のMRIなどの精密検査も実施しましたが、原因を特定することはできませんでした。

食欲はとてもあり元気で、頚部を動かすことはできる状態ですが、起き上がって立ち上がったり、歩いたりすることは難しく寝たきりの状態です。進行性の何らかの疾病があるのだと考えられますが、今は薬物治療で身体機能の維持改善に努めています。

うりちゃんには四肢の運動麻痺、神経機能の低下、筋力低下、関節可動域の狭小化などの問題があり、食事や排泄、移動などの動作困難が少しでも解消し、うりちゃんが暮らしやすいようにサポートするためにリハビリの実施が決まりました。

具体的な目的は以下のような内容になります。

【1】現在の身体機能の維持・改善

うりちゃんは運動麻痺、神経機能低下があり、また筋力低下も著しいため、思ったように起き上がることができません。麻痺に対しては神経の反応を促すように肉球のマッサージや、反射を誘発させていきます。また、筋肉の緊張が高く、関節が動かしにくい状態なので、関節可動域練習やマッサージ、ストレッチなども行います。また、伏せの姿勢や座位の姿勢保持の練習を実施します。

【2】廃用性症候群の予防

廃用性症候群とは「身体の不活動状態により生ずる二次的障害」です。筋骨格系、循環・呼吸器系、内分泌・代謝系など多岐にわたり症状が出ます。

1:筋骨格系 では筋力低下、筋萎縮、骨萎縮、関節拘縮などが起こります。筋力低下、筋萎縮 は不動による筋蛋白質の合成低下、分解亢進によって生じます。また、骨萎縮 ・不動による骨吸収亢進により続発性骨粗鬆症となり骨萎縮が生じます。 低栄養状態やステロイド治療中の場合はさらに骨萎縮が進行しやすいです。関節拘縮は不動により、関節周囲の皮膚や筋肉,靭帯等の軟部組織が変性し、関節可動域が制限されます。

2:循環器系では、全身持久力の低下、心筋機能の低下、静脈血栓や循環不全による浮腫などが起こる。全身持久力の低下は酸素運搬機能が低下し、脱力感 や易疲労性が生じる心筋機能低下は循環血液量低下と血管運動調節機能障害などが起こります。

3:呼吸器系では換気障害が起こりやすく、呼吸筋の筋力低下、胸郭の可動域制限は、一回換気量、分時換気量、肺活量、機能的残気量の低下を減少させます。

4:消化器系 では体重減少・低栄養・食欲低下・便秘が起こりやすいです。腸管蠕動運動が低下し、栄養吸収率も低く食欲低下により体重減少、便秘が生じます。

5:泌尿器系では尿路結石、尿路感染を起しやすいです。骨量の減少と骨吸収の亢進により尿路結石が生じやすくなることがあります。膀胱結石があると膀胱粘膜を損傷し、細菌の繁殖により尿路感染を起こします。

6:認知機能の低下も起こります。体が動かないことで見える景色も変化がなく、周りからの刺激も減少すると認知症のような症状も出現しやすくなります。

このように不動により様々な症状が出現します。うりちゃんも自発的に動くことが難しいので、できるだけ動くことを促し、廃用性症候群の予防に努める必要があります。

【3】褥瘡予防

褥瘡とはいわゆる「床ずれ」。日本褥瘡学会では、「身体に加わった外力は骨と皮膚表層の間の軟部組織の血流を低下、あるいは停止させる。この状況が一定時間持続されると組織は不可逆的な阻血性障害に陥り褥瘡となる」と定義しています。

褥瘡は耐久性が低下している組織に限局的な圧迫が加わって起こり、その個体の身体機能(寝たきりで寝返りができない)、痩せていて骨が突出している、栄養状態が不良、循環不全、浮腫、尿や便で不衛生など様々な要因が重なって起こります。

【4】誤嚥性肺炎

食べ物や唾液を飲み込むときに口から食道へ送られますが、この時に誤って軌道に食べ物や唾液が入り込んでしまうことで起こるのが誤嚥性肺炎です。人の医療でもご高齢の方が誤嚥性肺炎を患ったことなど聞いたことがある方もいると思います。

原因としては嘔吐や巨大食道症などの食道疾患、部気道疾患、てんかんや全身麻酔などによる意識障害、歯石・歯肉炎による口腔内環境の悪化、強制給餌などがあります。

■伏せの姿勢や、少し這って移動することもできるように

こういった目的のため、実際に以下のようなプログラムを組みました。

<1>ポジショニング(良肢位保持)

タオルやクッションを用いて、体が力みすぎないようにリラックスした状態を保持します。

関節拘縮の予防、褥瘡予防、誤嚥性肺炎の予防などにつながります。

うりちゃんは筋緊張が高く、全身に力が入ってしまうため、できるだけ力を抜いた状態で過ごせるように心がけていました。

力を入れる部位と抜く部位があるから関節を動かすことができるのでリハビリを実施していく中でもあとのプログラムを実施するのにとても大事なことになってきます。

<2>関節可動域運動

関節拘縮の予防などで行います。

うりちゃんは筋緊張が高いため関節可動域が狭くなっていました。無理やり関節の屈伸運動をするのではなく、ゆっくりと関節を動かし、関節が固まってしまわないように動かしていきます。

<3>ストレッチ

関節拘縮の予防、血流改善、自律神経の調整、リラクゼーションなどの効果があります。

うりちゃんの硬くなっている筋肉をゆっくりストレッチして伸ばしていきます。

<4>マッサージ

血流促進、筋肉の伸展効果、軟部組織の癒着の防止、リラクゼーションなど効果があります。

肉球のマッサージからはじめて、体の中心に向かって、マッサージしていきます。ねこちゃんのマッサージは、指のはらは使って行っていくとよいです。

 <5>伏臥位、坐位姿勢の保持練習

うりちゃんは自らうつ伏せや座る姿勢をとれないので、補助して姿勢を保つ練習を行います。これにより、誤嚥性肺炎の予防や血液の循環を促すことができます。

また、普段は寝たままなので目線が床に近い状態ですが、座ることで、目線が高くなり視野が広がるので目からの刺激もあり認知力も向上することも考えられます。

<6>近赤外線照射

身体をあたためて血管を拡張させ、筋肉を動かしやすくします。

リハビリのはじめに行い、体を動かしやすくしてから、他のプログラムを実施していくと効果的です。

   ◇   ◇ 

リハビリは週に1回リハビリ、40分から60分程度のリハビリを実施。半年ほど、体調の良いときは実施し、主治医の先生と相談しながら行ってきました。うりちゃんは自分の意思とは関係なく体が動いてしまうことがあり、体にも力が入ってしまうため、緊張を和らげてから運動していくことが必要でした。

リハビリ後は体が動かしやすく、伏せの姿勢や少し這って移動することもできるときもありました。それによりご飯が食べやすくなったり、自分で寝返りをすることで、褥瘡を予防できたりと成果がありました。元の原因となる病気に変化がなくても、リハビリにより身体機能の維持改善をしていくことは可能です。

■飼い主さんだけで抱え込まず相談を

一緒に暮らす動物は私たちにとって家族であり、大切な存在になりました。ここ十数年で動物の医療にリハビリテーションが必要とされるようになりました。日本での獣医療が急激に発展し、フードの改善、ワクチンなど予防医療の拡大、そして医療技術の発展により動物は長寿になりました。今は人と同じで悪性腫瘍や心臓病、腎不全などが死因の多くを占め、老衰も多くなりました。そのため回復期でのケアの場面でリハビリが必要とされています。

また、動物を暮らす人たちの考え方も変化し、家族である愛猫のためにできだけ一緒にいたい、痛い思い、苦しい思いはさせたくないと思う飼い主さんが増えました。人と動物がパートナーとして生きていく時代なのです。

リハビリは人と動物がともに健康で暮らせるようにサポートしていく分野。リハビリを実施している病院はまだ少ないですが、相談できるところはありますので、飼い主さんだけで抱え込まず相談していただきたいと思います。

◆下神納木 加枝(しもこうのき かえ)大阪府堺市出身。1982年生まれ。認定動物看護師。2005年理学療法士国家資格取得。7年間病院勤務。オーストラリア短期アニマル理学療法セミナーに参加。2012年から動物病院にてリハビリに携わり、現在つくば市でペットケアサロン経営、横浜市の動物病院、港区のペットのメディカルサロンの2カ所で契約。公益社団法人茨城県理学療法士会常任理事。愛猫ちゃんのためのお役立ちビデオ講座『ネコデミー』でも講師を務める。

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