「原爆を落とした私たちの国を恨んでいますか?」 外国人観光客の質問に被爆2世らが出した答え
広島市の被爆遺構を自転車で巡るツアーを開催する団体がある。被爆2世らでつくる「sokoiko(ソコイコ)!」。ツアーには、平和について学ぼうと、多くの外国人観光客が訪れる。その中で、欧米人によくされる質問があるという。「原爆を落とした私たちの国を恨んでいますか?」。ガイドたちが悩み、出した答えとは。
「原爆が落とされた広島には、僕らと同じような人が住んでいたんです。みんな、当たり前に明日が来ると思っていたんです」。ツアー中、原爆の標的になったとされる広島市の元安橋で、ソコイコの代表・石飛聡司さん(42)が熱っぽく語る。
かつては旅館や喫茶店もあった繁華街。その日は澄み切った青空の下、セミがよく鳴いていたという。「あれ何かねー」。住民が遠方から向かってくる飛行機を見て話していた。すると、粉が舞うように光るものが落ちてきて、地上約600メートルで炸裂した。原爆だった。「中心温度は太陽と同じくらいで、地表温度は3000~4000度。鉄が溶けるのが1500度だと考えると、一瞬にして炭になる感じ」と石飛さん。広島市の推計によると、1945年8月6日の原爆で、この年の12月末までに約14万人が亡くなったとされる。
ツアーは、地元の観光会社「mint」が2017年から実施。「戦前、戦中、戦後」をテーマに、爆心地から半径2.5キロに残る遺構を訪れる。
■人を許すという考え方
外国人観光客の質問が話題に出たのは、広島赤十字病院にある「歪んだ窓枠」を訪れた時だ。横から見ると窓枠が出っ張り、爆風の威力が伝わる。石飛さんは状況を説明する中で、こう言った。「被害を知った欧米の方によく聞かれるんです。原爆を落とした私たちの国を恨んでいますか、と」。最初は答えに悩んだという。だが、メンバーと話し合い、今は意見を一致させている。「恨んでないよ」
答えの背景には、被爆2世の福原信太郎さん(52)の体験がある。原爆が投下された頃、福原さんの母親はお腹の中にいた。小学5年生の時、その事実を知った福原さんは、戦争についての家族に疑問をぶつけるようになった。
ある日、東京に住む祖父に、原爆を落とした米国を憎んでいるのか尋ねると、強く言われた。「恨んだらいかん。恨んだら、人はやり返す」。二度と原爆と同じような被害を見たくない、と祖父は説いた。そして、世界中に友達をつくるように言われ、逆に質問された。「お前、友達の家に爆弾を落とせるか?」。教えられたのは、人を許すという考え方だった。
ツアーに訪れた外国人にこの話をすると、みんなうれしそうな顔をするという。「世界平和という言葉は簡単に言えるけど、すごく難しいこと」と石飛さん。地道な活動で、平和へのきっかけを伝えていく。
ソコイコのツアーは2時間で、被爆遺構を7~8カ所巡る。大人5千円、子ども2500円。3時間コースもある。
(まいどなニュース・山脇 未菜美)