「胸が痛む…」なぜ、梨泰院事故をは起きたのか 豊田真由子「若い人たちを守るのは、大人の役目」
韓国の梨泰院で、ハロウィンに起こった痛ましい事故。日本から留学されていた2名の方を含む156名が亡くなり、負傷者は157名とされています(2022年11月2日23時時点)。
今回の事故で亡くなられた方の多くは、10代20代です。危険を察知するには、知識や経験が基になりますし、「危ない!」と思っても、もはや逃げ出せない状況であったろうと思います。新型コロナで閉塞感漂う長い日々を経て、ようやく友人や家族と楽しいイベントに向かい、そして、惨事に巻き込まれた方々のことを思うと、本当に胸が痛みます。
若い人たちを守るのは、私たち大人の役目です。今回の事故は、警備や行政、周辺事業者の不備などが多く指摘されていますが、なぜ被害を防ぐことができなかったのか、そして、二度とこうした事故を起こさないように、できること・すべきことは何か、現地の報道や韓国の司法・行政に携わる知人たちからの聞き取り等を基に、考えたいと思います。
■街の構造上の問題
梨泰院は、李氏朝鮮時代から旅人や商人の宿営地で、近年は国際色豊かな流行の街となりましたが、過去の訪韓時の印象では、街の造り・構造は洗練されているとはいえず、駅前の大通りとメインストリートをつなぐのは、数本の細い路地で、繁華街はごちゃごちゃとしていました。
さらに、事故現場に面するホテルは、違法建築で道に張り出し道幅を狭め、事故現場に続くT字になっているメインストリートにも、多くの飲食店が違法に増築をしていました。
「利益を優先して安全を犠牲にする」、そしてそれに対する行政等による是正も行われませんでした。
■警備体制の圧倒的不備
なんといっても、これが最も大きな問題だったと思います。
まずもって、群衆は「群衆をコントロールすること」はできません。
警察や行政など、「外から」「群衆全体を見て」「計画的に」事故を起こさないようにする「力」が、不可欠で、「事前の準備」が非常に重要になります。事故を防ぐには、中に入る人数を制限し、人の流れを一方向とし、逆流や立ち止まりをさせない、といったことを、秩序立てて行う必要があります。
韓国にも「雑踏警備」の概念は当然あります。
「災害及び安全管理基本法」、「地域祝祭会場安全管理マニュアル」等もあるのですが、「ハロウィンは法的な祝祭ではない」「主催者がいる公的なものではない」といった理由で、今回は適用されていなかったといわれます。
実際、10月15、16日に、梨泰院観光特区連合会が主催し、ソウル市と龍山区が後援して行われた「梨泰院地球村祭り」では、車両の通行止め、歩行者の一方通行などの規制が行われていました。また、10月8日に韓国財閥のハンファグループが主催して、ソウル汝矣島漢江公園で行われた「ソウル世界花火フェスティバル」では、ソウル市が総合安全本部を設置して現場を管理しました。
今回のハロウィンに向けても、10月26日に、警察、龍山区、梨泰院駅、梨泰院観光特区連合会が、事前に集まり、検討が行われていました。しかし、安全管理対策の必要性は重視されなかったとされています。警察は、性犯罪や麻薬事犯の取締まりに関する協力要請を行い、龍山区は、事業者団体である梨泰院観光特区連合会に対し、清掃やコロナ対策、テーブル等屋外違法施設物の点検協力の要請を行っていたとのことです。
結果として、当日梨泰院に配備されていたとされる警察官137名は、主に犯罪予防や麻薬取締り等に当たり、一方、梨泰院と同じ龍山区に移転された大統領府や、政府庁舎のある光化門周辺で、同じ日に行われたデモ対応のために、約4000人が投入されていたと言われています。
行政や警察の役割は、デモから権力者を守ることだけではなく、市井の人々の生命や安全を守ることです。
私は、「主催者がいなかった」は、言い訳にならないと思います。
渋谷のハロウィンも、公式な主催者はいませんが、事故を防ぐために、渋谷区や商店街が要請をし、警察や民間警備会社の方がたくさん警備に出ておられます。
「安全」は、「『誰が責任を持つか』が決まらなければ、守られなくてよいもの」では決してなく、「関係する人や団体、行政、警察等が、皆で協力して、絶対に守られなければならないもの」です。
梨泰院はハロウィンでも有名で、人気ドラマの影響やコロナ下で抑圧されていた心理などを考えれば、今回これだけの人が集まることは十分予見されたことであり、事故を防ぐために、行政や警察や事業者がやるべきこと・できたことは、たくさんあったはずです。
■危機時の対応もことごとく・・
韓国警察庁は11月1日、事故の約4時間前から「圧死しそうだ」などと危険性を知らせる通報が計11件寄せられたが、適切に対応していなかった(4件に対して出動したものの、極めて不十分だった)と明らかにしました。再現音声を聞くと、かなり切迫した切実な通報内容で、なぜ警察がこれらの通報を看過したのか、なぜあれだけ人々が密集した状況を目の当たりにして、今すぐ危険を回避せねばと考えなかったのか、不思議でなりません。
11月2日、韓国警察庁の特別捜査本部は、ソウル警察庁や、現場を管轄する龍山警察署、龍山区役所など8か所を捜索し、事故当日の通報対応に関する資料や人員配置等の警備計画の文書などを押収し、各レベルの警察官や指揮官の対応や、龍山署の機動隊支援要請をソウル警察庁が拒んだのではないか、といった疑惑について等も調べる予定です。
今回の積み重なる不手際は、個人の判断ミスというよりは、組織的・構造的な根深い問題のように思われます。一体、どの段階で誰がどういう判断をして、積み重なり、こうなってしまったのか、一つひとつしっかりと検証し、根本的に解明せねばならないと思います。
なお、「『押せ、押せ』と言った人物がいる」「店にいた有名人を見ようと、人が殺到した」といった話がありますが(それが事実かどうかはまた別として)、事故現場や周辺を含めた当日の映像を見れば、そもそも、あれだけの混雑の状況が、統制されずに生じてしまっていれば、あの日のどこの場所でも、少しのきっかけで、大きな事故につながってしまう可能性がありました。だからこそ、なによりもまず、あれだけの混雑を起こさないよう、事前に徹底的にコントロールすることが、必要だったのです。
「このくらいは大丈夫」、「これまで起こらなかったことは、これからも起こらない」・・・いえ、危機は、いつでもすぐそこにあります。だからこそ、常に「最悪の事態」を想定して事前に準備をしておくこと、そして、変化する状況に応じて、個人も組織も社会も、迅速に的確に判断し、行動することが必要だということを、改めて肝に銘じたいと思います。
亡くなられた方のご冥福を祈り、負傷された方・心に傷を負われた方のご回復を祈ります。
◆豊田 真由子 1974年生まれ、千葉県船橋市出身。東京大学法学部を卒業後、厚生労働省に入省。ハーバード大学大学院へ国費留学、理学修士号(公衆衛生学)を取得。 医療、介護、福祉、保育、戦没者援護等、幅広い政策立案を担当し、金融庁にも出向。2009年、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官として、新型インフルエンザパンデミックにWHOとともに対処した。衆議院議員2期、文部科学大臣政務官、オリンピック・パラリンピック大臣政務官などを務めた。