緊急事態宣言なしで外出自粛を要請できる!? 政府の「コロナ第8波への新方針」に、豊田真由子が危機感…「法律の根拠なく国民の権利を制限」

今回新たに打ち出された政府の「新型コロナ第8波への方針」を聞いたとき、少々驚きました。

その理由は、よく指摘される「『オミクロン株の性質が変わらなければ、行動制限はしない』ということではなかったの?」、「病床を増やせなかったツケを、結局、国民に押し付けるの?」、「旅行支援を行う一方で、外出自粛要請をするの?」といったこと以上に、「国民の権利や自由を制限するにあたっては、明確な法律の根拠を定めるなど、もっと丁寧な対応が必要なのでは?」という思いです。

■国民の権利・自由を制限する場合には、法律の根拠が必要

法治国家の大原則のひとつは、「公権力が、国民の権利を制限し、義務を課す場合には、必ず法律の根拠が必要」ということであり、「その場合の要件や範囲や方法などを、あらかじめ具体的に明確に定めておくこと」が求められます。

そうでないと、極論すれば、政府に批判的な意見を持つ人や団体やメディアなどに対して、政府が好き勝手に、その活動を制限したり、(実質的に)拘束したりすることが、行われるおそれがあります。

実際に、ロシア、中国、ミャンマー等など、現在の世界でも、不当に人権が制限されていると考えられる国や地域は、枚挙に暇がありません。

「(自由で民主的な価値観から見れば)不当な公権力の行使」が、法律に基づいて行われる場合もあるでしょうが(その場合は、そうした法律を制定してしまうこと自体が、まず問題です)、法的根拠がなく行われる、あるいは、法律の恣意的な運用がなされることも、同じように問題です。

最終的に「ある行政行為(不作為を含む)が、違法・違憲であるかどうか」を決定するのは、司法(裁判所)であり、その中でも、終審裁判所である最高裁判所になります。(一般論として、行政機関も、前審として、法律上の争訟の審判をすることはできます。)

したがって、今回のような政府の方針が、違法と判断されるかどうかは、最終的には司法判断ということになるわけですが、そうはいっても、まずもって、行政や政治といった公権力を行使する機関は、国民の権利や自由を制限する場合には、精緻な議論の上に、明確で公正な法律の根拠に基づいて行うようにすべきであるのは、当然のことです。

■具体的に、何が問題か?

上記の観点から考えると、今回の日本政府の新方針において、レベル4(「一般病床や重症病床の使用率が80%を超えた場合」)において、「必要不可欠でない外出の自粛(出勤の大幅抑制、旅行や帰省の自粛など)」の要請ができる」とされている点が、問題と考えます。

現行の法体系では、「国民に対する不要不急の外出自粛の要請」は、内閣総理大臣が「医療の提供に支障が生じているなど、新興感染症の全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがある」と認めるときに、「緊急事態宣言」を出し、そこではじめて都道府県知事が行うことができることとされています(特措法(※)45条1項、施行令6条)。

それを、「緊急事態宣言無しでもできる」としてしまうことは、「法律で規定した要件を満たしていないのに、国民の権利を制限することができる」ことにしてしまっている、ということになります。

特措法では、「事業者及び国民は、新興感染症の予防及び感染の拡大の防止に努めるとともに、対策に協力するよう努めなければならない」とされています(4条1項)が、「基本的人権の尊重」の観点から、「国民の自由と権利に制限が加えられるときであっても、その制限は、当該新興感染症対策を実施するため、必要最小限のものでなければならない」とされています(特措法5条)。

こうしたことを受けて、各種対策の法的根拠を明確にする必要があるとの観点から、特措法は、国民の権利や自由を制限する場合の要件や手続を詳細に規定しているのです。

なお、「不要不急の外出自粛要請」は、「要請」であり、罰則を伴う強制力を有するものではありませんが、たとえそうであっても、基本的に日本国民はそれに従うことが前提になっており、国民の権利や自由を制限することになります。

また、「第8波を前にした緊急時だから」といったことも、理由になりません。「有事や危機下にどうするかを、あらかじめきちんと決めておく」のが、法律というものです。

   ◇   ◇

(※)新型インフルエンザ等対策特別措置法

2009年の新型インフルエンザ(H1N1)パンデミックを契機に、当時の対策を見直し、様々な新興感染症の発生・流行に備えるために、2012年に制定された法律。対策の実効性を確保し、各種対策の法的根拠を明確化すること、新たな感染症の発生時に、国民の生命と健康を保護し、国民生活と国民経済に及ぼす影響を最小とすることを目的としています。

   ◇   ◇

ジュネーブWHOで、2009年の新型インフルパンデミックに対峙した経験から、対策総括会議の報告書や特措法案の検討に当たっては、いろいろと意見を述べさせていただきました。その意味でも、深い思い入れがあり、今回のような件を憂慮しています。

■どうして、こうしたことが起こってしまうのか?

私が懸念しておりますのは、こうした方針案について事前に議論された場において、「いやいや、それは、法的に問題があります。特措法を改正して、不要不急の外出自粛要請の要件を変更する(例えば、「(緊急事態宣言を出さなくても)病床使用率が、政令で定める値(80%など)を超えた場合には要請できる」と変更する)など、丁寧な対応が必要です」ということを、行政や政治の場で、どなたも主張しなかったのだろうか、ということです。

近年の「政治主導や官邸主導で、政が官を抑え込んできた」経緯から、「物言えば唇寒し」で、皆が押し黙ってしまっていたのか、それとも、法治国家としての大原則の侵害のおそれを、誰も気付かないくらい、忙殺されているのか、何かが劣化してしまっているのか -- 理由についても甚だ疑問です。

これでは、新型コロナ対策に限らず、各種各方面の、その他のたくさんの政策についても、果たして大丈夫なのだろうか、と心配になってしまいます。

■新方針の中には、現行法に即した取扱いもある

なお、今回打ち出された新方針の中で、「人混みへの外出や大人数の会食自粛の要請」(レベル3:一般病床使用率50%超)や、イベントの延期の要請(レベル4)については、現行の特措法にある「都道府県知事は、新興感染症対策を的確かつ迅速に実施するため必要と認めるときは、公私の団体や個人に対して、必要な協力要請ができる」という規定(24条9項)に基づいて、実施できる(法的根拠がある)ように思います。

また、今回の政府方針では、「飲食店の営業自粛や学校の休校は求めていない」ことが、メディアで指摘されますが、それはむしろ当たり前です。

特措法は、「不要不急の外出自粛」と同様に、「緊急事態宣言が出された場合に、都道府県知事が、飲食店への営業自粛要請、学校への休校要請等をすることができる」と規定しており(法45条2項、施行令11条1項)、さらに「正当な理由がないのに要請に応じないときは、都道府県知事は、特に必要があると認めるときは、当該要請に係る措置を行うよう命ずることができる」とされ(45条3項)、命令に違反した場合には、30万円以下の過料に処するとされています(79条)。

緊急事態宣言が出されていない中での「飲食店の営業自粛や学校の休校」は、本来行えないのです。

■本件が問題にされないことが、実は問題

繰り返しになりますが、もし、こうしたことが許されるのであれば、なんらの法律の根拠なく、公権力が、国民の権利・自由を制限することが許される、ということになるおそれがあります。

少し大げさに聞こえるかもしれませんが、これは由々しきことと、私は思います。

我が国は、現在「自由で民主的な国」である故に、「公権力が、国民の権利・自由を不当に侵害する」という恐怖が、基本的にはあまり想定されておらず、したがって、今回のような件に関する危惧が共有されにくいのかなと思いますが、しかし、20世紀前半の日本で何が行われていたか、そして、現在世界の至る所で、どんなことが行われているか、歴史的・地政学的な視座で考えると、ご理解いただきやすいのではないだろうかと思います。

私は、日本を愛していますし、行政や政治にも、信頼する方たちがたくさんいて、奮闘されていることを知っています。だからこそ、敢えてここで一石を投じさせていただこうと思いました。

   ◇   ◇   ◇

すでに「第8波に入った」という見解が出ていますが、いずれにしても、現下の状況においては、行動制限等、国民に対する強い権利侵害をすることなく、乗り切れるように、医療現場への負荷を考えながら、行政や政治はもちろんのこと、個々の方がそれぞれできること(マスク、ワクチン、手洗いなど)を行いつつ、しっかりと日常生活を回していく、ということが大切なのではないかと思います。

◆豊田 真由子 1974年生まれ、千葉県船橋市出身。東京大学法学部を卒業後、厚生労働省に入省。ハーバード大学大学院へ国費留学、理学修士号(公衆衛生学)を取得。 医療、介護、福祉、保育、戦没者援護等、幅広い政策立案を担当し、金融庁にも出向。2009年、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官として、新型インフルエンザパンデミックにWHOとともに対処した。衆議院議員2期、文部科学大臣政務官、オリンピック・パラリンピック大臣政務官などを務めた。

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