あわや殺処分…前脚を切断された子猫と、飼い主さんを結びつけた、運命の「赤いリボン」の物語
大阪府で暮らすスミレちゃん(10歳)は、前脚が一本しかありません。でも、器用に飛んだり跳ねたり。高い所に登るのもまったく問題ないんです。遠くまで見渡せるので、スミレちゃんは高いところも大好き!けどね、床に下りるのはちょっと苦手。失敗すると顎を打つことも…。
そんな時はお母さんのOさんに慰めてもらおうと、抱っこをせがむんですよ。左前脚をぐーんと伸ばして背伸びして、Oさんの腰にタッチ。
「ねえねえ、だっこして」
Oさんはスミレちゃんが可愛くて仕方がありませんから、用事の途中でもスミレを抱っこしちゃうんです。Oさんに抱っこしてもらうと、スミレちゃんは安心するみたい。喉をグーグー鳴らします。とても幸せな時間で、まるで神様からのプレゼントのよう。
今でこそ、Oさんが大好きなスミレちゃんですが、お家に来たころは「フー!シャー!」ばかり。それもそのはず、スミレちゃんは人間に虐待を受けた可能性の高い猫だったのです。
あれは忘れもしない2012年6月のこと。大阪府のある某動物センターからインターネット上に公示が出されました。この公示は、収容されている動物の特徴を記したもので、迷子になったペットを見つけるためのものでした。飼い主が見つからない場合は、収容から1週間ほどで殺処分に…。
当時、飼い主以外が動物を引き出すことはできず、Oさんは公示を目にしても何もできない自分に苛立ちを覚えていました。そんな時、右前脚がない生後2カ月ほどの子猫の情報を見つけたのです。この子猫こそ、現在のスミレちゃん。当時は番号で呼ばれていました。会ったこともないスミレちゃんの境遇に、Oさんの心は何故かかき乱されます。
「この子を何とかしてあげたい」
そう思った瞬間、動物センターに電話をかけていました。動物センターの職員にあの子猫を譲ってほしいと頼みますが、「飼い主以外には渡せない」の一点張り。それでもめげずにOさんは、次の日もまた次の日も動物センターに電話をかけました。
スミレちゃんが公示されて7日目のこと。命の期限はあとわずか…。この日もOさんは電話をかけました。すると、ある職員がポツリと言ったのです。
「あなたが飼い主なら引き出せます」
この言葉を聞いたOさんはハッとしました。そして慌てて言います。
「私がこの子の飼い主です!」
この時からOさんは、スミレちゃんの「お母さん」になったのです。引き出しの手続きをしに動物センターへ。スミレちゃんとようやく対面です。暗く狭いケージに入れられたスミレちゃんは、隅っこで精一杯の威嚇をしていました。
「フー!シャー!」
小さな体で何度も何度も威嚇する姿に、Oさんは涙が出てきました。もう怖い目には遭わせない。そう誓ったのです。
返還手数料と飼育養育費を7日間分、合計5650円をセンターに支払い、その足で動物病院へ。鋭利な刃物のような物で切断された右前脚は、先から骨が飛び出ていました。そのため1日入院して、根本から骨を切り皮膚で先を覆う手術を施されます。
退院後、ようやくOさんの家へ。既に何匹か猫と犬がいる家庭ですので、少しの間は隔離生活です。犬用のテント素材でできた大きなケージの中に、小さな猫用のケージを入れます。そこがスミレちゃんのお部屋になりました。他の動物が入ってこれない安心できる場所。
最初はご飯とトイレの時だけしか、スミレちゃんは猫用ケージから出てきません。Oさんの気配がすると、外に出ていても中に引っ込んでいました。
1カ月ほどその状態だったのですが、ある日のこと。Oさんが赤いリボンをスミレちゃんの前に垂らしたのです。スミレちゃんは何のことか分からず、その時は顔をぷいと背けました。でも、あくる日もそのあくる日もOさんは赤いリボンを垂らし続けたのです。
毎日続くと、スミレちゃんも何となく分かってきたよう。
「このピロピロであそぶと、ちょっとたのしいかも」
最初は少しだけ左前脚でちょいちょいと触る。危なくないと分かると、もう少しだけちょいちょい。これが楽しかったんです。気付けば、赤いリボンを心待ちにするように。
今度は赤いリボンの先にも興味が出てきます。スミレちゃんは赤いリボンを持つ人を見上げたのです。そこには笑顔のOさんの姿が。動物センターではあれほど怖いと思っていた人が、ずっと自分に優しくしてくれていたと気付いた瞬間です。
あれから10年。スミレちゃんの大好きなものは変わりません。赤いリボンとOさん。あと、優しいアヤメちゃんとちゅーるも大好き。もう恐怖に覆われた日々はありません。それは「赤いリボン」が消し去ってくれました。
よく「運命の赤い糸」などといいますが、怖い目に遭ったスミレちゃんには掴みやすいリボンが良かったのかもしれませんね。
いつまでも穏やかな日々でありますように。
(まいどなニュース特約・ふじかわ 陽子)