福島県のM家は、16匹の猫と一緒に暮らしています。大勢いますから、ケンカが日常茶飯事のように思えるかもしれません。でも、M家でケンカは起きないのです。それは、もっちゃん（推定6歳）がいてくれるから。小競り合いが起きそうになると、颯爽と現れるんです。

「なかよくしよう」

もっちゃんにそう言われると、猫たちは出した爪を引っ込ませざるを得ません。ケンカで勝つより、もっちゃんを喜ばせたい。そう考えるみたい。もっちゃんはみんなの「ボス猫」というより、男の子だけど「お母さん」といった感じ。

猫たちがこう考えるようになったのは、もっちゃんが自分のことより家族のことを考えてくれていると知っているから。自分たちを大切にしてくれるもっちゃんが大好き。

■孤独な野良猫が出会った家庭

今でこそ家族の中心にいるもっちゃんですが、元々は孤独な野良猫。2016年秋ごろに生まれたであろうもっちゃんは、2019年の春頃からM家の庭に姿を見せるように。M家は山の中の小さな住宅街にあり、家猫のお散歩は日常茶飯事。だから、お母さんは最初お隣の猫が遊びにきていると思ったのだそう。

「お隣のにぼちゃんなら…」

と、おやつをあげたんです。でもよくよく見ると、にぼちゃんではありません。それに気付いたころには、「にぼちゃんもどき」の猫は毎日庭へおやつを食べにくるようになっていたんです。

少し脱線しますが、「もっちゃん」という名前は「にぼちゃんもどき」が元なんです。いつまでも「もどき」じゃ可愛そうだからと、「もっちゃん」と呼ばれるように。

もっちゃんを家に入れた方が良いのか…と迷っていた2019年10月のこと、もっちゃんはふいに姿を見せなくなったんです。お母さんは心配でたまりません。交通事故に遭っていないか、野生動物の餌食になっていないか…。胸を痛めるお母さんの姿に、お父さんは言ったんです。

「それだけ心配するってことは、もううちの子なんだよ」

もっちゃんが姿を消してから1カ月ほど経った2019年11月15日のこと。庭で物音がするので見に行くと、もっちゃんが帰ってきているではありませんか。でも様子がおかしい。酷い猫風邪を引いているようです。お母さんは慌てて動物病院へもっちゃんを連れていきました。この時、診察券を作ってもらったんですよ。「M家もっちゃん」と。

■授乳をするオス猫、もっちゃん

晴れてM家の一員になったもっちゃん。先住猫は5匹いましたが、誰一人としてもっちゃんを威嚇するものはいません。「よく来たね」「よく頑張ったね」と言うように、温かく迎えてくれたのです。この時すでにもっちゃんは1歳を過ぎて成猫になっていたのにも関わらず。

もっちゃんは自分が温かく迎えてもらった経験から、あとから猫が迎えられても優しく接します。中でも子猫は率先してお世話を焼く。男の子なのに授乳までするんです。びっくり。王騎くんは、1歳を過ぎてももっちゃんのおっぱいを吸っていました。

こうやって育て上げた子猫は、なんと8匹。みんな、元気で穏やかに育ちます。それがもっちゃんは嬉しいみたい。

こんな穏やかな毎日の中、2年前に事件が起きます。それはパルポウイルスの蔓延。猫たちがバタバタと病魔に襲われていく中、もっちゃんも感染。病院で注射と点滴を打ち、強制給餌までしましたが、残念なことに2匹の仲間が虹の橋のたもとへ旅立ちます。もっちゃんに優しくしてくれていた猫たちでした。

それからはというもの、もっちゃんはキャリーバッグを目にすると、ひどく怯えるように。普段の抱っこは大好きなのに、キャリーバッグを置いた状態で抱っこをすると失禁をするほど怖いよう。この姿にお母さんは思ったんです。

「自分のことより、相手を優先するからかな」

お家に迎えられてからもっちゃんは、家族のことばかり考えてきました。本当は甘えたくても、先住猫や年下の猫を優先。自分を後回しにしてでも、家族が大切なんです。その家族を奪った病気を思い出させるキャリーバッグが怖い。

■「もっと甘えて」とお母さんは言う

だからね、お母さんはいつももっちゃんを最優先。

「もっちゃん、おいで」

呼ばれるともっちゃんは嬉しくて、尻尾をピーンとして柱にピタッとくっつく。本当は駆け出したいのに、自分を後回しがクセになっちゃってるので出来ない。ジーンと「嬉しい」を堪能してから、お母さんに抱っこされるんです。この時だけもっちゃんは、他の猫のことを考えません。お母さんと自分だけの世界。

お母さんを十分に堪能したら、元通り家族みんなのことを考えるもっちゃんに。困っている猫がいたら颯爽と現れ、問題を解決。みんな、もっちゃんを頼りにしています。

でもね、お母さんは言ってるよ。もっと甘えてほしいって。もっと、猫らしくいてほしいって。

頑張らなくても良いよ、もっちゃん。

（まいどなニュース特約・ふじかわ 陽子）