「親知らず」は抜くべき、抜かなくてもいい? 歯科医芸人の見解「デメリットの方が圧倒的に多い」

 今回のテーマは前から数えて8番目の奥歯、つまり「親知らず」についてです。前回、長崎大学病院の誤抜歯事件を取り上げた際に親知らずのメリット、デメリットについて別の機会に取り上げることになっていました。抜くべきなのか、それとも抜かなくてもいいのか、どっちなんだい。歯科医芸人の”パンヂー陳”こと陳明裕さんが解説します。(聞き手・山本 智行)

ーー前回の長崎大学病院「誤抜歯」の記事、そちらの業界ではかなり反響があったようですね。

陳明裕(以下陳):はい。お陰様でそれなりに。

ーーしかし、親知らずって、結局は抜いた方がいいんですか。それとも。

陳:一概には言えませんが、痛みに耐えかねないのなら抜いた方がいいのでは。

ーーこの前の長崎大学のように間違えて違う歯を抜かれるケースだってあるじゃないですか。薬とかで痛みを抑えて、前回も言いましたが、そのまま置いといたら、いずれ何かの役に立つことだってあるのでは?

陳:まあ、対合歯があって咬合していれば普通の歯と同じように使えますし、義歯の維持装置をかけたり、ブリッジの支台歯に使用できます。矯正で失った歯の場所に移動したり、移植歯のドナー歯として使う可能性だってあります。

ーーじゃあ、やっぱり残した方がいいのでは。

陳:ブリッジの支台だって、義歯の鉤歯だって、そもそも歯をなくさなければ不要なので、いまある28本の歯をちゃんとメンテナンスすれば済むことなので、そのために残すという発想は本末転倒な気がします。

ーーデメリットが大きいと、言いたげですね。

陳:はい。悪い点としては、清掃が困難なので歯周病や智歯だけでなく手前の歯まで、むし歯のリスクが増します。智歯周囲炎を起こせば、痛みも伴い、体調によっては炎症が周囲に広がり、蜂窩織炎などを起こせば、命にかかわることだってあり得るんです。不正咬合の遠因になったり、かみ合わせに影響を及ぼす可能性もあります。

ーーへぇ、そうなんですね。

陳:親知らずは矯正歯科治療後の後戻りのリスクファクターの1つですし、顎関節に負担をかけたり、関節の痛みに影響することもあるでしょう。さらに下顎骨構造の弱体化といって、外傷を受けた際に下顎智歯周辺が折れやすくなったり、対合歯がなければ、伸びてきて対合の歯茎に噛みこんで痛んだり、顎変形症手術の際の妨げになったりもします。

■デメリットの方が圧倒的に多い

ーーなんか、悪いことばかり。

陳:まだありますよ。のう胞を伴ったり、上皮残渣の扁平上皮癌への分化を指摘する向きもありますから、こうして考えると、ちゃんとはえる場所がないのならば、親知らずを置いとくメリットより、デメリットの方が圧倒的に多い気がします。

ーー抜いた方がいいことは分かりました。ただ、痛みがないのに抜くのに抵抗がある人もいるでしょ。

陳:症状もないのに親知らずを抜く予防抜歯には歯科界でも賛否両論あります。例えば、米国のFriedman先生は2007年に第三大臼歯の予防抜歯についての論文で次のように書き、警鐘を鳴らしています。

 「米国では毎年、約500万人の第三大臼歯(親知らず)が1000万本抜歯され、その費用は年間30億ドル以上と言われています。さらに、術後に痛み、腫れ、あざ、倦怠感などの標準的な不快感や障害を感じる日数は1100万日を超え、手術中の神経損傷の結果、唇、舌、頬の麻痺(永久麻痺)に苦しむ人は11000人以上にのぼります。これらの抜歯、関連費用、傷害の少なくとも3分の2は不必要なものであり、何万人もの人々が生涯不快感や障害に悩まされる医原性傷害の静かな流行を構成しているのである。第三大臼歯の予防的抜歯を回避することは、この公衆衛生上の危険を防ぐことができる」

ーーちょっと長すぎ。要はしなくていいと。

陳:もう少しお付き合いください。英国国立医療技術評価機構(NICE)は様々な医療のガイドラインを出していますが、2000年に出したGuidance on theExtraction of Wisdom Teethで、予防的抜歯に否定的な見解を示しています。

ーーじゃ、陳さんの所では親知らずは症状が出るまでは抜かない派なんですか?

陳:うちは矯正専門なので矯正治療で歯を並べた後、後戻りの原因に成りそうであれば、抜歯を薦めます。

ーー矯正治療後の親知らずは抜いた方がいいってことですね。

陳:いえ、昔はそういった意見も多かったのですが、一概には言えません。特に下顎前歯の叢生、つまり歯のでこぼこは、長年、矯正歯科界で議論されてきました。1970年代には、萌出していない親知らずが前方に向かう力を発生させ、それが前歯部の叢生を引き起こすという考えが主流だったようです。

ーー一概に言えないって。なんか、まどろっこしいですね。

陳:最近の研究では、その原因は様々な要因によるものであるということが分かってきました。例えば、2014年のStanaitytė先生のシステマチックレビューといって多くの論文を比較した研究では「下顎第三大臼歯が叢生を引き起こすという意見を支持する著者もいれば、逆の意見を支持する著者もおり、非常に矛盾している。下顎切歯の叢生に影響を与える要因としては、歯科的要因(歯冠径、歯列長減少、歯周状態不良、乳歯喪失)、骨格的要因(顎の成長、不正咬合)、一般的要因(年齢、性別)などがあり」原因は多様なため、親知らずだけでは歯の叢生を引き起こさないことが示唆されています。

ーー素人には分かりません。結局どっちなんですか?

陳:患者さんごとに顔が違うように、親知らずの状況も違いますので、ケースバイケースなので残念ながらどっちがいいかも個々で違うので診てみないと分からないーが答えです。

ーーこんだけ話しといて結論は「分からん」ですか!

陳:はい、例えば、ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーがBRCA遺伝子に変異があるとして、乳癌も発病してないのに予防のために両乳腺切除手術を受けたように、親知らずについても、個々のリスク、メリットとデメリットを知った上で、抜く抜かないの判断は患者さんが決めることです。

ーー親知らずをオッパイと一緒にせんでも…。

陳:チチとハハ(歯歯)は一緒ですから。

(まいどなニュース特約・山本 智行)

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