呼吸困難の発作を繰り返す猫のため…洗剤を使ってこまめに清掃→実はそれが問題でした 獣医師「消毒ってメリハリが大切」
10年来、鼻水と咳、呼吸困難の発作を繰り返す猫チャンが診察に来られました。
これまでは、鼻水グチュグチュになると嘔吐も始まり食欲も落ちるため、症状が酷くなる前に動物病院に駆け込んで、抗生剤、嘔吐止めなどの注射を打ってもらっていたそうです。それで症状は一旦は治まるのですが、だんだん効かなくなってきたということでした。
飼い主さんと猫チャンからフローラルなニオイがしたので、「柔軟剤や消臭スプレーなどをお使いですか?」とお聞きしましたが使っておられないとおっしゃいました。ところが話を聞いていると、週に3回、床を住居用合成洗剤で拭き掃除し、浴室は毎晩、浴室用合成洗剤で全体を洗っておられたとのこと!
床を拭いた洗剤は、眼には見えませんが床の上に残って部屋の空気中に蒸散していきます。香料が入っている場合、その香料と香料を長時間香らせるための添加物も一緒に蒸散します。それは、床に近いところで生活しているペットの犬猫チャンの鼻を直撃します。
それらの刺激で咳やくしゃみ、涙や涎が止まらない、あるいは嘔吐や下痢といった様々な症状がでることがあります。
家庭用洗剤を使った過度な清掃が問題かもしれないと伝えたところ、飼い主さんはとても驚かれて、こう訊かれました。
「えー!先生は猫のいる部屋の床は何で拭いているのですか?」
私は「水拭きです」と答えました。
このご家庭での床掃除を水拭きに替えていただいたところ、猫チャンの症状もずいぶんおさまりました。当院では現在、抗生剤などの西洋薬は使っておりませんが、とても調子が良いです。猫チャンも、なんだか顔付きも穏やかになりました。
当院での治療を始めて約1カ月経ち、血液検査をさせていただきましたところ、これまでずっと高かった肝酵素値が、正常範囲内に下がっていました。ホントに良かったです!
◇ ◇
この猫チャンの飼い主さんは、咳や鼻水といった呼吸器に問題のある愛しい愛猫のために、また人間のためにも、室内を清潔にして、洗剤を使ってこまめに清掃・消毒することこそが健康につながると考えていたため、実にいろいろなところを毎日お掃除されていました。こんな質問も受けました。
「猫がテーブルの上に乗ると、猫はお尻にうんちがついていたりして汚いから、ちゃんと消毒しないといけないんじゃないんですか?先生は何で消毒されているのですか?」
「え?…水拭きかな」
…なんともパッとしない回答ですけれども。しかし、そもそも良便であれば、お尻に便がついたまま…とはなりません。仮に、見えないレベルの小さな「ウンコ分子」がテーブルに付いていても、それがヒトの口に入り、病気になるなんてことは、まずありません。猫の体内に寄生虫がいたり、下痢をしていたら話は別ですけれども。
飼い主さんの話を聞いて、考え込んでしまいました。
…そもそも、「汚い」とは何ぞや?
辞書をひくと…「よごれていて、それに触れたくない気持ちを起こさせるさま」とありました。確かに、ウンチに直で触れたくはないですね。しかし細菌が多いことを「汚い」と言うのであれば、お口の中の方がウンチより細菌数は多いです。
それよりも…。
「猫は汚いかもしれない」と、あちこち消毒液を撒いてまわる方が、ヒトと猫チャンの健康を害します。消毒液がかかると、そこの微生物は居なくなるかも知れませんが、1日経てば消毒する前と同じかそれ以上の数になっているはず。このことは、細菌やウイルスなどを扱う微生物研究者の間では常識です!
しかも消毒した後に勢力を伸ばした微生物は、使った消毒液ではなかなか死なない、タチの悪い微生物かも知れません。
そして、しばらくすると、消毒液自体は微生物をやっつける効力は無くなるかも知れませんが、付けたその場所にしばらく居残ります。
居残った消毒液が何らかの機会にヒトや猫チャンの体内に入れば…。
そんなことが何日も何年も続けば…。
ガンや不妊につながったり、腸内細菌のバランスをぶち壊して胃腸炎を起こしたり、肺の細胞を壊して喘息や肺の病気に繋がるといった報告がなされています。
また、動物の腸の中や皮膚の上に持っている細菌の種類が多いほど、その動物は風邪や細菌性腸炎などの感染症にかかりにくいという研究結果も、たくさん報告されています。
…というようなお話を、以前SNSでしたところ、「キャットクリニック(筆者が代表を務める動物病院です)、キッタナ!」などのコメントをいただきました。
いやいや、消毒ってメリハリが大切じゃないですか?
感染症が疑われる犬猫チャンが来られたら、出来るだけ院内の床を歩かせないようにお願いして、車から直に診察台に乗っていただきます。診察が終わったら、この時こそは!次亜塩素酸ナトリウムで消毒し、部屋の空気も入れ替え、白衣も着替えます。
もちろん、手術するときは、使う器具をしっかり滅菌し、犬猫チャン達の手術する部分はしっかり消毒し、私の手もしっかり洗います。
しかし、感染症が疑われない犬猫チャンが来られたときの診察台の消毒は、時間が経つと水になって無害になる酸性水やアルカリ水で行います。強力な消毒薬を使って病原性のある細菌やウイルスが死滅しても、がんや訳のわからない病気になれば、シャレになりませんから。
過剰な消毒や殺菌は、かえって健康を害することがありえる、つまり「過ぎたるは及ばざるが如し」というお話でした。
(獣医師・小宮 みぎわ)