最後の最後まで“お父さん”の真似を…慕っていた猫と、同じ病気・同じ日に他界 冷たい雨の夜に救われた子猫の生涯
合縁奇縁というものは猫にもあるようで、東京都で暮らしていたウッキーちゃんもそんな出会いがあった猫です。お父さん代わりのチャトラの茶々丸くんが、ウッキーちゃんと縁が深かったよう。そう飼い主のHさんが感じるのには理由があって…。
■雨の夜、段ボール箱から鳴き声が…
ウッキーちゃんがH家に迎えられたのは、今から20年ほど前の4月中旬。冷たい春雨が降りしきる夜のことでした。飼い主のHさんが近所の古いアパートのそばを通りがかると、外階段付近から子猫の鳴き声が聞こえるではありませんか。とても悲痛な叫び声で、見過ごすわけにはいきません。でも、姿が見えないのです。
いけないことだと分かりつつもHさんは、アパートの敷地内に入ります。そこで見つけたものは、ひとつの封をされた段ボール箱。その中から子猫の鳴き声が聞こえるのです。Hさんの気配を察した子猫は、力の限り鳴きました。それはまるで「たすけて」と言っているかのよう。
「これから里親を探すつもりかもしれない…」
Hさんは一瞬ためらいましたが、雨の日に段ボール箱へ詰めるということは保健所送りの可能性の方が高いでしょう。Hさんは意を決し段ボール箱から子猫を抱き上げ、家へ連れて帰りました。あのままなら低体温症で命を落としてしまったかもしれません。
明るい場所で見る子猫は、生後1カ月ぐらいでしょうか。体重は400グラムほど。動物病院で検査をしたところ、大きな問題はありませんでした。ほっとしたHさんは、先住猫の茶々丸くんとにゃこさんに子猫を紹介します。当時、茶々丸くんは推定6歳、にゃこさんは4歳でした。
■先住猫とまるで親子に
初めて目にする子猫に、猫たちは興味津々。茶々丸くんは母性本能が強いのでしょうか、せっせとお世話を焼き始めたのです。にゃこさんも、まるで我が子のようにウッキーちゃんを可愛がります。子猫は大切にしてもらっているのが分かりますから、2匹にベッタリ甘えるんです。名前は、「にゃー」と鳴けず「ウッキー」と鳴くから「ウッキー」となりました。
ウッキーちゃんと茶々丸くんは何をするのも一緒。子猫のウッキーちゃんは、茶々丸くんから色々と教わります。覚えなくてもいいことも、茶々丸くんがしているなら真似するんですよ。ウッキーちゃんにとって茶々丸くんはお父さんですから。
茶々丸くんは危なっかしいウッキーちゃんを温かく見守っているかのよう。ウッキーちゃんがいたずらをして物を壊すと、茶々丸くんが「あーあ」という表情をするんです。当のウッキーちゃんは気にしていないのにね。
3匹で丸まって寝ることも多く、飼い主のHさんは茶々丸くん一家の隅っこにいるかのよう。仲間に入れてほしいなーなんて思うほど仲が良かったんです。でも、そんな時間は4年ほどで失われました。
茶々丸くんが腎臓病で他界。10歳になるかならないかの年、9月23日のことでした。遺されたウッキーちゃんは何が起きたのか分からないまま、喪失感に包まれます。このころにはにゃこさんも体力が落ち、ウッキーちゃんに構っていられる状態ではありませんでした。
■茶々丸くんのいない世界で生きる
間の悪いことに、そこへ3匹の子猫が新たに保護されてきたのです。H家のベランダに母猫から育児放棄をされた子猫が置き去りにされたため、保護せざるを得ませんでした。今まで末っ子で可愛がられてきたウッキーちゃんは、余計に混乱します。Hさんはウッキーちゃんと過ごす時間を増やすのですが、子猫が目に入るとウッキーちゃんの心はかき乱れました。
「お父さんがいてくれたら、こんなことにならないのに!」
とうとうウッキーちゃんは、スプレー行為を始めてしまいます。それは子猫たちに「ここはわたしの家なんだから」と伝えたい一心かのよう。このウッキーちゃんの様子に、Hさんは一部屋を彼女のために空けることにしました。
子猫たちが入れない部屋の中、ウッキーちゃんは1匹で静かに過ごします。顔を合わせるのはHさんだけ。ウッキーちゃんはHさんと遊んだり、Hさんが話す茶々丸くんの思い出話にうんうんとうなずいたり。Hさんは甘えるウッキーちゃんの姿に、彼女の寂しさを痛切に感じました。どれだけ茶々丸くんとの別れがつらかったことか…。
3カ月ほど「天の岩戸」にこもったウッキーちゃんでしたが、心が落ち着いてくると外から聞こえる楽しそうな声が気になったよう。少し表に出てみようかなと思い始めました。部屋から出ると、年老いたものの変わらず大切にしてくれるにゃこさんが迎えてくれます。子猫たちも、話してみると悪いヤツらじゃないみたい。
これは、茶々丸くんがいない世界を受け入れた瞬間でもありました。今度は自分が誰かを大切にする番だと、ウッキーちゃんは思ったようにHさんは感じたそうです。それでも、やっぱりにゃこさん以外とは仲良くできず、1匹で過ごすことが多かったと言います。自分から仲良くなりに行く方法が分からないほど、茶々丸くんから大切にされていたのです。
■「お父さんが迎えに来てくれた!」
時は流れ、ウッキーちゃんは15歳に。お母さん代わりのにゃこさんを5年前に見送り、今度はウッキーちゃんも虹の橋のたもとへ旅立つ時が刻一刻と近付いてきました。前の年から腎臓を悪くし、毎日のように輸液のため動物病院へ通っています。
運命の日が遂に…。Hさんは前日から覚悟を決めていました。でも、お空の茶々丸くんとにゃこさんにお願いをしていたんです。「まだ連れていかないで」と。けれど、茶々丸くんとにゃこさんも寂しかったみたい。茶々丸くんが亡くなった同じ9月23日、ウッキーちゃんは永眠。死因は茶々丸くんと同じく腎臓病でした。ウッキーちゃんのお手本は、やっぱり茶々丸くんのよう。最後の最後まで真似しました。
ウッキーちゃんが旅立ち、5年ほど経ちました。今でもHさんは、空を見上げてこう思うのだそう。
「茶々丸が迎えにきてくれたから、ウッキーはもう寂しくないね」
血縁関係はなくとも、互いが思いやれば親子になれる。ウッキーちゃんと茶々丸くんの不思議な縁は、冷たい春雨が上がったあとにかかった虹の橋のたもとで永遠になりました。そこは誰にも邪魔されず、ウッキーちゃんと茶々丸くん、にゃこさんの3匹家族がずっと一緒にいられる温かな場所。
ねえねえ、ウッキーちゃん。時々Hさんのことも思い出してあげてね。お願いよ。
(まいどなニュース特約・ふじかわ 陽子)