中国で感染爆発が起こった理由、今後どうなる? 豊田真由子が解説、水際対策は「やらないより、やった方がよい」
中国で新型コロナの感染が急拡大しています。
ワクチン接種率が高いはずなのになぜ? 今後どうなっていく?、水際対策強化の効果、中国の報復措置の影響など、情報を整理しつつ、考えてみたいと思います。
■感染爆発が起こった理由
今の中国国内の映像を見て、3年前の世界の混乱を思い起こされた方も多いのではないでしょうか。状況としては、まさに、パンデミック当初の欧米と同じで、感染した経験のある人が(ほとんど)いないところに、ウイルスが広がり、急拡大してしまったということになります。
そして、より感染力の強いオミクロン株であったことで一層の感染爆発となり、また、医療の対応力などは当時より向上しているはずですが、あまりにも感染者が多く、キャパシティを遥かに超え、亡くなる方が続出している、という状況かと思います。
東アジア地域は、日本や韓国もそうですが、ピークが遅れてやってきています。さらに中国は、これまでゼロコロナ政策で無理やり抑え込んできたので、緩和したらこうなることは、ある程度、予想されていました。
あまりに急激なので、衝撃が大きいですが、これまで世界各国も、かなりの犠牲を払ってきています。
これまでの新型コロナの死者数は、米国110万人、ブラジル70万人、英国21万人、イタリア19万人、フランス16万人で、この辺りの国は、どこも人口の0.3%くらいの方が亡くなっています。(日本は6万人で、人口の約0.05%。) また、累積感染者の人口に占める割合は、フランス、韓国:約6割、イタリア、豪、NZ、台湾、英国:約4割、米国、スペイン:約3割、日本は25%です。(2023年1月初旬現在)
こうした「世界で感染状況がワーストの数値」を、単純に、中国(人口14.2億人)に当てはめてみると、累積感染者数が8億人、死者が450万人となります。「中国ではすでに6億人が感染した」という情報についても、(そこに至る期間が極端に短くはありますが)、あり得ない話ではないように思います。
年末の中国の各地方政府CDC(疾病予防管理センター)等の分析では、人口に占める既感染者の割合が、北京市で8割、上海市で7割、河南省で9割、四川省で64%など、非常に高い数値になっています。
ゼロコロナ政策を続けたことでの経済停滞(経済成長率の鈍化(約3%)、失業率の増大(全体5.5%、若年層約20%(2022年秋))に加え、自由を制限され続け、経済的打撃も被っている国民の不満が、中国では珍しいデモ(「白紙運動」)にまで発展し、政府は、社会不安や政府への反感が、これ以上高まっていくことに警戒感を持ち、緩和に至ったのだと思います。
■中国のワクチン接種状況
中国のワクチン接種率は、決して低くありません。2回接種完了者は人口の9割(ただし、80歳以上は7割)、3回接種は6割とされています。
ただ、中国では、欧米諸国と違って、中国製のワクチン(シノバック、シノファーム製等)が用いられており、それらは、ファイザーやモデルナのようなmRNAワクチンではなく、従来の不活化ワクチン(ウイルスの感染力や毒性を失わせたものを原材料として作り、(生ワクチンのように)ウイルスを体内で増殖させないので、一般的に、自然感染や生ワクチンに比べて、生み出される免疫力は弱いとされる)です。中国製のワクチンは、自国だけでなく、一時期、欧米のワクチンが入手困難な新興国や途上国に対して大量に提供・輸出されていました。
中国が、ワクチン接種率が高くても、ここまでの感染爆発を起こしている理由については、そもそも中国製ワクチンの効果が不十分である、オミクロン株への効果が低い、接種から時間が経過して効果が低減している、などいろいろあると考えられますが、いずれにしても、中国製ワクチンは、先進国では使われておらず、大規模で緻密な研究や検証が不十分で判然としません。
(※)2021年1月の時点で発表された、シノバックのワクチンの有効性は、ブラジルの研究:50.4%、トルコ:65%、インドネシア:91%とされていますが、研究対象者が少ない問題等が指摘されています。(なお、デルタ株に対するファイザーワクチンの有効性は、95%)
2022年3月発表の香港の研究で、約14900人のオミクロン陽性者を対象としたファイザーとシノバックのワクチン(2回接種)の重症化・死亡予防効果(有効性)は、60歳以上の者で、ファイザー:88.2 %、シノバック:74.1%であったとされています。
■水際対策の強化の効果は?
感染症対策にまず必要なのは、なんといっても「最新の正確な情報」です。どこで、どんなことが起こっているか、どういった状況の変化があるか、等が分からなければ、適切で迅速な感染対策を取ることは困難です。
したがって本当は、中国政府が、都合の悪いことも、包み隠さず、できるだけ正確に公表し、実証的な研究や検証を行うことが、非常に重要ですが、実際にはそれは望めませんので、その限界の中で、各国は、できるだけ状況を把握し推測して、取れる対策を取っていくしかありません。
日本も中国からの入国者に陰性証明と入国時のPCR検査を課すこととしました。ただ、水際対策は、必ず「すり抜け」があります。感染直後だとウイルスの量が少なく、偽陰性(本当は陽性なのに、陰性と出る)になることがあります。したがって、どんなに検査を強化しても、中国から一定程度の感染者が日本に入国してくることは、想定しておく必要があります。
すり抜けがあっても、今の状況だと、水際対策は、やらないよりは、やった方がよいと思います。(一方、自国の感染状況が相手国より著しく悪いという状況で、相手国からの入国を制限しても、(感染拡大抑止という点では)ほとんど意味はありません。)
(※)2022年12月30日から2023年1月5日までに、中国から日本に入国した4895人のうち、408人(8.3%)が陽性で、半数以上が無症状。
■中国の報復措置
中国政府は、1月10日、日本人が中国へ渡航するために必要な新規のビザ(査証)の発給業務を一時停止しました。中国外務省の汪副報道局長は「差別的な入国制限については断固反対し、同等の措置をとる」と表明し、対抗措置であることを明らかにした。
逆ギレに見えるかもしれませんが(まあ、そうなんですが)、外交においては、「相手国が自国に対して講じた措置」に対して、その報復として「同等の措置」を講ずることは、通常行われることです。
例えば、ロシアのウクライナ侵攻に伴う民間人殺害を受け、2022年4月、日本がロシアの外交官8名をペルソナ・ノン・グラータ(PNG)として国外退去を求めたことに対して、ロシアが、日本人外交官8名に同様の措置を取りました。(なお、日本がPNGまで行うのはレアケースです。)
こうした場合に、その報復措置の妥当性(今回で言えば、中国が日本からの入国に制限を加える科学的根拠や正当性)を論じることには、本来意味がありません。「やられたから、やり返した」というだけのロジックです。
ただ、今回の中国側の「国籍に基づくビザの発給停止」は、日本側が「国籍ではなく滞在歴に基づく防疫措置であり、そして、検査はするが入国は認めている」ことに比して、過剰であり、あまりに妥当性を欠いているとは思います。
日本人の中国渡航のビザは、観光、ビジネス、就労、留学、親族訪問などがあります(コロナ渦で、2020年3月31日から、すべての査証免除措置が暫定停止)が、中国が、今回どのくらいの期間、発給を停止するのかによって、実際の影響がどこにどれくらい出てくるかは変わると思います。長引けば、ビジネスや学術交流等に水を差すことになるかもしれませんが、中国も、自国経済や研究等に大きなマイナスが出るような事態は避けたい、というのが本音ではないでしょうか。
いずれにしても、今、日本政府としては、外交上必要な抗議等は行いつつも(「不合理なことをやられて、黙っていてはいけない」というのも、これまた外交ルール)、本質的には、“対立構造”を加熱させるのではなく、自国の利益と、そして東アジア全体の感染拡大抑止のために、力を尽くすことが肝要と思います。
■今後どうなっていく?
中国の状況は、都市部では沈静化しつつある、という見立てもあるようですが、春節の大移動もあり、医療体制等がより脆弱な地方部や農村部への感染拡大が懸念されます。
ただ、新興感染症の流行の波というのは、基本、増えたら必ず減りますし、これまでも「急激に増えて急激に減る」形を取ることが多かったので、いずれにしても、落ち着いていくとは思います。
また、感染機会が増えると、それだけ変異が起こりやすくなるので、サーベイランスが欠かせませんが、中国政府の調査と公表だけでは心許ないので、各国が、中国からの入国者のウイルスのゲノム解析等を行って、ウォッチすることも必要だろうと思います。
ただ、ウイルスは、変異していくのが通常で、毒性が著しく増えたような場合を別とすれば、いちいち「変異型が見つかった!」と騒ぐことに意味はなく、そして、これまでの3年間、新型コロナウイルスは、重症化率・致死率を上げる方向では変異してきてはいませんので、あまり過剰に不安を惹起するのは望ましいことではないと思います。
新型コロナ前のインバウンド(訪日外国人旅行)で、中国は、人数・消費額が一位(人数は約960万人で、全体の3割、消費額は1.8兆円で、全体の4割を占める(2019年))で、中国からの入国に対して、観光地の方の不安と期待の声がよく報じられます。(ただ、いずれにしても、中国からのインバウンドの本格的な再開は、まだ先になりそうです。)
観光分野に限らず、日本は、中国との経済的な結びつきは強く多岐に渡ります。国民の生命と安全を守ること、社会経済を回していくこと、国内でも対外的にも、多角的な目配りが求められます。
中国のこれまでの対応を他山の石とし、
・(コロナに限らず)ゼロウイルス政策というのはやはり無理であること(とはいえ、この3年の世界の動向を振り返ってみても分かる通り、その時点で、何が望ましい政策なのか、という判断と実行は全く容易ではないわけですが)、
・公権力が国民の自由を制限し続けるのは(中国であってすら)非常に難しいこと
等々、今後のコロナ対策にも、また次の新たな新興感染症への備えともなる教訓を学び取るべきところと思います。
そしてまた、新興感染症の流行は、誰のせいでもなく、どこの国のせいでもない(そういう意味では、今の日本も世界の中で感染状況ワーストの部類に入りますし、欧米は以前そうでした)という原点に立ち返り、「世界全体で協力して、前向きに立ち向かう」という姿勢が、とても重要だと思います。
◆豊田 真由子 1974年生まれ、千葉県船橋市出身。東京大学法学部を卒業後、厚生労働省に入省。ハーバード大学大学院へ国費留学、理学修士号(公衆衛生学)を取得。 医療、介護、福祉、保育、戦没者援護等、幅広い政策立案を担当し、金融庁にも出向。2009年、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官として、新型インフルエンザパンデミックにWHOとともに対処した。衆議院議員2期、文部科学大臣政務官、オリンピック・パラリンピック大臣政務官などを務めた。