ライブハウスでマグロを解体するのは…なんとラッパー!? さらには障がい者の就労支援にも取り組むこの男、何者?
大阪に、マグロの解体をするラッパーがいる。マグロ&ラッパーという、あまり見ない組み合わせだが、この男性、さらに別の顔を持っているという。40kgのマグロを一人であざやかにさばくこの男性、一体何者?
■マグロを解体するラッパー その正体は……
大阪、心斎橋の西に広がる一帯は「アメリカ村(以下、アメ村)」と呼ばれ、若者が集うエリアとして有名だ。その一角にあるライブハウス「心斎橋SUNHALL」で、マグロの解体ショーが行われた。
ドラムやベースが重低音でリズムを刻み、まぶしいスポットライトの中で、一人の男性が大きなキハダマグロを鮮やかな手つきで解体していく。
ヒップホップグループ「梅田サイファー」のメンバーであるteppeiさんのラップパフォーマンスの横で、鮮やかにマグロをさばいていく。
マグロがお目当ての他にラップパフォーマンスを楽しみに来た観客へ部位を説明したり、笑いをとったりする男性は、前田五大(ごだい)さん。
実は前田さんは就労継続支援B型事業所「アトラス」の代表で、堺市で2つの施設を運営する。昨年秋に、3つ目の施設をアメ村に開いた。マグロの解体ショーは、世間の人が福祉へ目を向けるきっかけにしたいと言う。
しかし就労継続支援の事務所とアメ村とは、異色の組み合わせに思える。なぜ、この地域なのか?そもそも就労継続支援B型事業所とは?前田さんは、なぜこのような活動をしているのだろうか?
■自分を生かせる福祉の道へ
子どもの頃からR&Bやレゲエ、ジャズなどを聞いて育ち、自身もラッパーという前田さん。高校の頃の夢は、ズバリ「社長」。卒業して18歳から約10年間、マグロの卸会社で働いた。解体技術もそこで身につけ、デパートの食品売り場で解体ショーを担当したこともある。
福祉へのきっかけは、その卸会社に入社してきた7歳年上のAさんだった。Aさんは周囲の人と関係を築くのが苦手。前田さんも、自分の指示をなかなか理解できないAさんに苛立つこともあったそうだ。
あるとき前田さんは、普通の人と変わらないように見えるAさんが、自閉症スペクトラム障害だと聞かされた。初めて“見えない障害”を知った前田さんは「Aさんを変えるのではなく、自分が変わろう」と自分なりの接し方を工夫するように。やがて一方的な言葉の指示ではなく、Aさんと考え方を同じにすればうまくいくと気づいたという。
「例えば寿司ネタの仕入れでは、最初はこちらの考えを伝えます。そのうちAさんも、こちらの考えることをだんだん理解できるようになりました。するとAさんの場合は自分で判断し、指示に対しても『でも、自分はこう思う』と意見できるようになったのです」。2人は対話ができるようになったのだ。
「五大さんにだけは、何でも話せる」とAさんも絶大な信頼を寄せる。7年間かけて築いた関係だった。
そんな前田さんに、「就労支援をやってみたら」と勧める声がかかった。Aさんを通じて、精神疾患で働きづらい人が大勢いると知った前田さん。これなら自分の経験や考えてきたことを生かせると思い、「働きやすい社会を創る」を社訓に就労継続支援B型事業所を始めた。障害や持病があり、様々な理由で継続して働けない人のために就労訓練を行う、福祉サービスだ。
■似ているストリート系と障がい者
アメ村のアパレルショップ「jolly clan(ジョリークラン)」から「福祉事業に興味がある」と声をかけられたのが、アメ村での開所のきっかけだ。
「自分もここに来て気づいたんです。世間から見た、ストリート系と呼ばれる若者たちへの印象と、障がい者への印象が似ていることに」
派手な服装にタトゥー、怖そうなど、イメージ先行で遠巻きに見られがちなストリート系の若者。また、どう接していいかわからないからと遠巻きに見られがちな障がい者。前田さんは、ここが共通点だという。
「実際は怖くないですよ。ストリート系の若者たちは優しく、むしろどんな相手も受け入れる懐の深さがあります。障がいを持つ人たちも同じ。福祉とストリート系は親和性があります」
アメ村に開所した理由はそれだけではない。アメ村には福祉関係の施設がない。「ない場所に福祉を届けたい」という前田さんの思いと合致した。
「それに、職場がアメ村のアパレルショップなら、抵抗感が少ないかも知れません」
前田さんの就労継続支援B型事業所には、精神疾患のある人が多い。しかし当事者の中には、疾患を抱える自分を認めたくない人もいる。そのためサービスを受けることに抵抗感のある人も少なくないという。
アメ村のアパレルショップなら、そうした思いが少しでも軽くなるかもしれないと前田さんは考えたそうだ。
さらに、自分の疾患に気づいていない若者を助けたいとの思いもある。
福祉の方から若者の多い場へ飛び込んでいけば、より接点が増え、気づいてもらいやすくなるかもしれない。
前田さんは「将来は、障害福祉から日本を良くしたい。そのためにはまず自分を知り、良いところも嫌なところも含めて自分を好きになって欲しいです。楽しく生きられる人が増えたとき、きっと良い世の中になると思います」と話してくれた。
(まいどなニュース特約・國松 珠実)