「奈良公園の子鹿には絶対にさわらないで!」なぜ?5カ月しか生きられなかったこつぶちゃんが伝えようとしたこと
夏に生まれたその子鹿は「こつぶちゃん」と呼ばれていました。人が触ったために母鹿が育てることを放棄。母乳をもらえなくなり、小さくやせたままでした。それでも生きるために、他の雌鹿から母乳をもらい、寝床も自分で整え命をつないでいました。奈良公園の鹿を撮り続けこつぶちゃんを見守ってきた川地祥介さんが、自身のTwitterアカウント(@ncbutwDsL0UC6np)で悲しいお知らせを報告したのは1月中旬のこと。アカウントは呼び掛けます。「奈良公園の鹿は動物園のふれあい広場ではありません。子鹿には絶対に触らないで」と。
川地さんがこつぶちゃんについて初めて投稿したのは11月26日。「飛火野に8月生まれの子鹿がいます。こつぶって名前を付けてもらってます。春に生まれた子鹿より小さいです。触られて人の臭いがついてしまったせいかお母さんから母乳を貰えずやせてます。愛護会さんも気にかけて下さってますが大きくなる前に寒い冬を迎え心配です」とツイートしました。
■こつぶちゃんのその日をツイート
投稿はその後も続きます。「お母さん鹿かどうかわかりませんが丁寧にこつぶちゃんの毛づくろいをしてあげてました」(12月1日)
「最初はこの雌鹿さんに相手にしてもらえませんでしたが諦めずにチャレンジして母乳もらえました」(12月4日)
「午前中には別のお母さん鹿に少しですが母乳をもらってたそうです」(12月18日)
「他の子鹿ちゃんよりやせてて動きも少しゆっくりです(略)何とか元気に育って欲しいです」(12月25日)
「脚に小さな切り傷が昨日より増えてしまってました。枯れ枝でひっかいたりするのか原因はよくわかりませんが脚の筋肉が付いてない分、痛々しさが増します」(12月30日)。何とか年を越してほしいーそんな川地さんの胸中が伝わってきます。
厳しい寒さの中、年が明け健気に頑張るこつぶちゃん。しかし見守る川地さんの不安が消え去ることはありませんでした。
「ゆっくりな動きがさらにゆっくりで鹿せんべいもあまり口にしませんでした。(略)母乳もあまりもらえなかったので心配です」(1月2日)
「今日もドングリや鹿せんべいは少ししか食べてないようですがまだわずかに残ってる緑の草を一生懸命探して食べてました。春生まれなら生後4カ月位の時期には緑の芝生でいっぱいですが夏生まれのこつぶちゃんにはかわいそうな状況です」(1月3日)
「今日は少し元気を取り戻してました。(略)母乳も貰いせんべいも食べました。母乳を貰う時は駆け寄ってました。(略)こつぶちゃんの走る姿を初めて見たような気がします」(1月4日)
「雌鹿さんに少しミルクもらって午後はずっと木のかげに座ってました 夕方暗くなりかけるといつもの寝床にむかって行って枯れ葉を掘って自分で寝やすくしてました」(1月9日)
■1月13日、恐れていた事態
1月13日、恐れていた事態が起こります。
「枯れ葉に座ったまま頭を下げて元気なかったので愛護会(一般財団法人奈良の鹿愛護会)さんに見て頂きました。愛護会さんは保護される時と鹿苑に閉じ込められるストレスとで今より弱ってしまう可能性もある為自分で歩ける内はこのまま様子を見ましょうと言われました。周りに雌鹿も少なく母乳も貰えてません。心配です」(1月13日)
「今朝、こつぶちゃんの様子を愛護会の獣医師先生が直接飛火野まで行って診て下さいました。弱ってるのは感染症の疑いもあるとのことで保護して下さいました。治療をして頂いてまた奈良公園に元気な姿を見せてくれるのを待ちたいと思います。(1月13日)
川地さんの思いは届かず、こつぶちゃんが奈良公園に戻ってくることはありませんでした。
「こつぶちゃん、愛護会さんで保護して頂いてましたが虹の橋を渡ってしまいました。可哀想でなりません。悲しくて言葉が見つかりません。どうか安らかに」(1月14日)
■枯れ葉のベッドが伝えること
こつぶちゃんが死んだ後も投稿は続きます。
「こつぶちゃんがいつもひとりで寝ていた大きな木の下にある枯れ葉のベッドです。昨晩から今日の昼頃まで雨が降り続き周りは濡れていますがいつもこつぶちゃんが寝ていたところは全く濡れていません。こつぶちゃんは雨のしのぎ方をちゃんと知っていました」(1月14日)
「こつぶちゃんはたった5か月しか生きられませんでした。人に触られて母鹿が育児放棄した為です。母乳を貰えなくなったこつぶちゃんは小さく痩せたままでした。それでも懸命に生きようとしました。他の雌鹿に母乳を貰いにいき寝床も自分で整え暖かくしていました。どうか子鹿には触らないで下さい」(1月15日)
■撮影した川地さんに聞いた
ひとの安易で軽率な行動が遠因で生きることが難しくなり、子鹿の命の灯りが消えてしまいました。川地さんに話を聞きました。
ー触られて人の匂いがついてしまったため、母鹿が育てることを放棄してしまうケースは、川地さんが知る限り、どれぐらいあるのでしょうか。そうした子鹿の多くはこつぶちゃんのように1歳まで生きられないのでしょうか、
「残念ながら奈良公園を歩くと子鹿に触る人を多く見かけます。こつぶちゃんは春に生まれた子鹿より小さくてかわいく、動きがゆっくりなのとで特に触られていました。ただ触られた子鹿のすべてが育児放棄されてしまうわけではなく、育児放棄につながる可能性があるということです。生まれた子鹿の2頭に1頭は1歳を迎えられないと言われています。原因は病気、交通事故、育児放棄などがあげられます」
ーそんな厳しい状況とは知りませんでした
「こつぶちゃんのように夏生まれの子鹿は元々体が弱く、それに育児放棄が重なって母乳をもらえなくなると病気に対する免疫力や抵抗力を得られず生きていくのが難しくなります。公園を訪れた人に簡単に触られてしまう原因として、動物園のふれあいパークなどの存在も影響しているのではないかと思います。奈良公園の鹿も同じように触っても大丈夫と思っているのかもしれません」
ー弱った子鹿を救うには
「弱ってる子鹿はなかなか保護してもらえず、その理由として母鹿が近くにいる場合は親子を一緒に保護するのは難しく、子鹿だけを保護して親子を離ればなれにすることもデメリットが大きいと考えられてるからだと思います。こつぶちゃんのように育児放棄されて子鹿だけになって弱ってる場合もなかなか保護してもらえません。こつぶちゃんの場合も、何度か愛護会さんに見にきてもらってますが保護されず、保護されたのは生まれてすぐの時と亡くなる前日に獣医師さんに直接現場で見てもらったときだけでした。保護する際に鹿にストレスがかかって余計に悪化させてしまう恐れがあることや鹿にとっては公園内を動き回れるほうが体によく、鹿苑(鹿の保護施設)に閉じ込めてしまうことのほうがストレスになりよくないと言われました。私自身は弱ってる場合は獣医師の判断で保護するなり現場で何らかの処置をしてほしいと思っています」
ーファインダーを通してこつぶちゃんを見守る間、どんな気持ちだったのでしょうか。もう使われることのない寝床の写真が印象的でした。
「こつぶちゃんの写真を撮っている時には辛さや悲しみとかは感じてなくてとにかく元気でいてという思いでした。雌鹿に母乳をもらえたときはホッとし、元気がない時やいつもいる場所にいない時は心配でした。特に寒い日は。辛さや悲しみはこつぶちゃんがいなくなってから日に日に増していきました。特にあの木の寝床のことを思うのが今は一番辛いです。あの寝床の写真を撮ったのは亡くなったその日の午後でした。ついさっきまで雨が降っていたのに、いつもこつぶちゃんが寝ているところだけ濡れていなくてなんて賢い子なんだろうと思いました。同時にあんな小さな子がいつもどんな思いでここでひとりで寝ていたのだろうかと思うともうたまらない気持ちでいっぱいでした。そしてこの木にはこつぶちゃんの悲しみや無念さや生きた証しのすべてが詰まってるような気がして写真を撮りました」
「あの木の下に枯れ葉の寝床を整えてあげたのは、こつぶちゃんの名付け親の方です。生まれてすぐのころにこつぶちゃんを見つけ、『つぶらな瞳の子だったので』と名付けたそうです。その方は遠方に住んでいるのですが、こつぶちゃんのお世話をしにずっと奈良公園まで通われてました。こつぶちゃんのお母さんのような方です」
ーあらためて奈良公園を訪れる人に望むことを
「愛護会さんがYouTubeなどでマナー動画を何作か流していて、その中で子鹿には絶対に近づかない・触らないと訴えています。これを見てから奈良公園にお越しいただくのが一番いいのですが現実はそうもいきません。現場での立て看板の設置や音声でのアナウンスが必要だと思います。とくに音声が効果的だと思います。ツイッターには観光バスの車内でアナウンスするとか観光案内に掲載するとかの意見も寄せられていました。子鹿に触ってる人に触ってはいけない理由を説明するとほとんどの人が納得してくださいます。理由を知ってさえもらえれば子鹿に触る人はかなり減ると思います。奈良県や奈良市は、子鹿には絶対に近づいたり触ったりせず、また鹿にパンやスナック菓子を与えることは鹿の体に害を及ぼすことなども含めて音声案内や看板の設置、パトロールなど効果的な注意喚起の方法を実行してもらいたいです」
(まいどなニュース・竹内 章)