これが芸大生の学期末レポート!? 「手紙」テーマにアイデア炸裂 「呆れるやら憧れるやら」と絶賛の声
日本美術史(近世絵画史)が専門の京都市立芸術大学教授、田島達也さんがTwitterで公開した履修生の学期末レポートに注目してください。「画家の手紙・日記を読む」という授業で課した「過去の画家たちの心の叫びを知って思うところを、手紙という形で表現せよ」というお題が、芸大生のハートに火をつけました。パピルスに古代エジプト象形文字で書いた手紙、戦前の電報に擬態した手紙、ヒノキの香りがするカンナ屑の手紙と個性的なレポート群はもはやアート。さすが京芸…。
「今年も「画家の手紙・日記を読む」授業のレポートとして、自由に手紙を書いてもらった。内容は日々考えてることや印象深い出来事などさまざま。そして今年も芸大らしく意表をつく形式の手紙があった。1人で見てるのが勿体無いので、本人の了解貰って、そのごく一部を紹介したい」の投稿に続けて、ツリーで公開した画像が「授業レポートのはずなのに、作品って感じで見てて楽しい」「さすが芸大」「どれも素敵で笑うやら呆れるやら憧れるやら」とSNSで大きな反響を呼んでいます。
古代エジプト象形文字を使って書かれた「古代エジプト風」の手紙(大西由羽さん作)はパピルスという大昔のエジプトで使用された紙を使ったものです。紙より薄く削ったカンナ屑に書きヒノキの香りがする手紙の作者は山本悠葵さん。木工が専門といいます。徳永葵さんは作品を生み出す際の自身の思いをマンガで表現しています。和本仕立て読み物のような手紙(酒井日向さん作)は、吹雪で帰宅できず大学で夜を明かした体験を記録したものです。鳥獣戯画の消しゴムはんこを作り、はんこの現物も添えた山下野絵さん作の手紙は「すごいお得感」(田島さん)です。
凝った手紙が目立つ中、一見素っ気ない感じの電報も。よく見ると戦前の電報書式を擬態した作品(川原萌さん作)で、電信切手は別にプリントして貼られていました。消印には現代に合わせた文字、昔の人の書体をまねたカタカナ。「タジマセンセイハントシカンカンシャイタス」と書かれています。他にも廃品のキャンパス地を使った手紙、鳥の巣をモチーフにウサギや花が綿密に描かれ中に手紙が収められたものなど、履修生の多士済々がうかがえます。田島さんに聞きました。
■「歴史的な名画も悩みや苦しみの中から生み出されてきた」
ー「画家の手紙・日記を読む」授業について、その意図を
「私は講義担当の教員なので、学生に日本絵画史を教えています。当該の授業「日本絵画史特論」は大学院修士課程向けで、例年30人程度が履修します。ただ絵を見るだけでなく、その背景を知ってほしいということで、最初は絵画の理論を記した文献を講じていました。そこから、より直接的に作者の心情に迫れる資料として、画家の手紙や日記に重点を移してきました。いまの形になったのは2017年からだったと思います」
ー手紙や日記から見えるものとは
「昔の画家は作品だけ見ていると、とてもすごい人というイメージしか湧かないと思います。しかし、画家の手紙や日記には、お金に困って少しでも高く作品を売ろうとしている様子や、作品が納期に間に合わずに四苦八苦している様子、また画壇に対する不満など、非常に人間臭い一面が表れています。それは芸術に志す学生にとって、歴史的な名画も自分たちと共通する悩みや苦しみの中から生み出されてきたという実感につながります。作品を作るのは大変なことですが、その大変さは昔の人も味わってきたものなので、めげずに頑張ってほしいと、まあ、そういう意図で授業をしています」
ー名物授業なのでしょうか
「名物授業かどうかはわかりませんが、Twitterで紹介するようになってからは、学生の方でも「またこの季節が来たな」という風物詩のように見られているような気がします」
■ 「学生がだんだんエスカレート」
ー手紙という形をとっているのは
「実は、画家の手紙や日記の理解度については、毎回の授業の終わりに小テストで確認しています。学期末のレポートは、そこから一歩進んで「過去の画家たちの心の叫びを知って思うところを、同じ芸術家として手紙という形で表現してほしい」という意図で行っています。あと、現代の芸大生の思いを収集しておくことは、遠い未来の美術研究に役立つのではないかという気持ちもありました」
ー個性的な手紙はいつ頃から
「はじめの頃は普通の手紙が多かったのですが、それでもオリジナルの絵はがきを書いてくれたり、巻紙に毛筆で古文調にしてきたりするのがありました。そういう変わったのが来ると私が面白がって翌年の授業で話すので、それを聞いた学生が、だんだんエスカレートしてきた感じです。面白い手紙は私の密かな楽しみだったのですが、2020年に陶器の手紙が来たあたりから、これはもう「作品」であって私だけで見るのはもったいないと感じて、Twitterで紹介するようになりました」
ーこれらの作品たちを「田島先生への手紙」展として一般公開したら…と勝手に想像しました
「紹介しなかった手紙がたくさんあります。おもしろいのはまだあるのですが、線引きが難しくなるので、これはというものだけ厳選しています。紹介されずにがっかりしている学生もいるかもしれないと思うと、申し訳ない気持ちになります。これまでの手紙は今のところすべて私の個人研究室で保管しています。退職の際には、本学の芸術資料館に引き取ってもらえたらいいなと思っています。展覧会は、あまり考えていなかったのですが、これだけ注目されるとやらなければいけないと最近思い始めました。レポートというのは本来公開するものではないし、長期保管するものでもないのを、いまは曖昧に扱っているので、一度展覧会をしてその時に作者と連絡を取って正式に「資料」として収蔵する手続きが必要だとも思っています」
ー「別に普通の手紙では単位出さないと言ってるわけではないのに、やらずにいられない芸大生」と2021年にツイートしています
「私自身は文学部出身なので、この大学に来て芸大生というものの面白さをずっと感じています。だからTwitterでの紹介も個々の手紙より、うちの学生の面白さを知ってほしい、という気持ちが強いです。公立ということで真面目な学生が多く、常に「表現する」ということを考えていて、ひとたびスイッチが入るとすごい力を発揮します。発想のユニークさもさることながら、「そこまでやるか!」が何よりの褒め言葉である、そんな文化です。ですからこのレポートも「作品を作れ」という指令ではなく、「別に普通でも良いけど、去年の手紙は面白かったなあ」ぐらいなのが、学生にとってはやる気が出やすいのかもしれませんね」
(まいどなニュース・竹内 章)