雨降る夜の山道、傘もささず車道を歩くおじいさん 「もしや」ドライバーの機転が命を救った
そぼ降る雨の夜、おじいさんは傘もささずに人里離れた山の中の車道を歩いていました。季節は冬、通りかかったドライバーに介護の経験がなかったら、気に留めずにそのまま行ってしまったら、行方不明になっていたかもしれません。Twitterユーザーのカワサキ(@cawask5678)さんの実体験です。
「人を轢きかけたので警察呼んだ話(虚構じゃないメモ)」のツイートでカワサキさんが公開した漫画に、ユーザーが目を見張りました。「これ俺も経験ある」「20代前半の頃、夜中2時に大きな道路横断してるおばあさんに遭遇しました」「うちの嫁の祖父が徘徊で2ケ月間行方不明になって数km離れた山の中で亡くなっていたらしいです」などコメントが相次ぎました。
漫画の中で、街灯のない夜道を家路を急ぐカワサキさん。ヘッドライトに照らされた車道に人影が現れ、急ハンドルで回避し肝を冷やします。「深夜の山道をおじいさんが傘も持たずに歩くか?」と気になりUターンすると、何事もなかったかのようにさっきのおじいさんは車道をすたすた歩いています。「大丈夫ですか?」と話しかけても返事はありません。
尋常ではないものを感じたカワサキさんはひとまず歩道へ誘導。「ご近所ですか」「どこまで行かれるんですかね」と丁寧に尋ねると、おじいちゃんは「家に…もうすぐ着くじゃろう…」と指さしますが、漆喰の闇が広がっているだけ。カワサキさんに聞きました。
■「介護職経験が6年あります」
ー暗闇におじいさんを見つけた時は
「人里離れた山道を高齢者が夜間に歩いていたこと、道路の真ん中を堂々と歩いており、クラクションを鳴らしても反応が薄くあわてて避ける様子もないことから、真っ先に認知症による徘徊を連想しました。漫画と違って実際は連打で何回も鳴らし、減速しながら避けています」
ーすぐに認知症と?
「その時点では酔っ払いや近所の人など様々な可能性を考えました。でもうっかり道にはみ出したという様子ではなく、堂々と道の真ん中を歩き続けていたため注意だけでもしておいた方が良いのではないかと思い引き返しました」
ーその行為が命を救ったと思います
「今は別の仕事をしていますが、介護職経験が6年あり、介護福祉士の資格も持っています。Uターンして車中から声をおかけしたのですが、振り向きはしたものの一言も発さず表情も変えず、歩き続けたため、認知症あるいはなにかしらの疾患からくる症状であることを確信しました。今まで関わった認知症の方の反応とよく似ていましたし。現場は通行量は少ないとはいえ、時折峠を越えていくトラックが通る片側一車線の道。放っておいては事故が起きるかもしれません。ひとまず歩道に誘導することを決めました」
■上下スウェット1枚、素足にサンダル、荷物なし
おじいさんは上下スウェット1枚の部屋着のような服装で、傘や荷物、防寒具、懐中電灯はありませんでした。素足にサンダル、服にはひっつき虫(草の種)がついており、かなり長い間歩いてきた様子でした。
カワサキさんの求めに、おじいさんは取り乱すことなく従ってくれましたが、「もうすぐ着くから」と言い張ります。周囲に民家の灯りは見えず、それまでカワサキさんが走ってきた道もかなり真っ暗な山道だったため、ひとまず「雨が降ってるから傘を貸しますよ、車までついてきてくれますか」と車を止めている場所に来てもらうことになりました。
ーおじいさんの様子は
「後部座席から折り畳み傘を取り出そうとドアを開けると、タクシーと思ったのかおじいさんは乗り込もうとしました。小雨も降っており、小さな折り畳み傘一本しかなかったので、ドアを開けた状態で後部座席に腰かけてもらい、傘をさした私が車外に立って話を聞きましたが、電話番号は4ケタ程度の数字、住所は言えず、の状態だったので徘徊だと考え、警察に電話することにしました。『警察に』と言うとパニックを起こしてしまう可能性を考え、『私も初めての道で迷ってしまったのでお迎えを呼びますね』と説明して電話しました」
ー警察が来るまでの15分間はどんな会話を
「私がずっと質問し、おじいさんが一言二言答えるというやりとりでした。間が開くと、「さて、行ってください」と後部ドアを閉めようとするのでタクシーと思われてたようです。「家には奥さんと住んでるんですか?」「子供さんは?娘さん?息子さん?」「車運転するんですか」「田舎だと車絶対いりますよね。どんな車?大きいやつですか?」といった会話をループしました」
■認知症による行方不明者数17636人
警察庁のまとめによると、認知症またはその疑いが原因だった行方不明者は2021年に過去最多の延べ17636人。12年に統計を取り始めてから9年連続の増加で、12年比で1.8倍になりました。
厚生労働省は15年、警察庁の協力を得て実態を把握するための郵送調査を実施し、東京都健康長寿医療センター研究所が提供されたデータを分析したところ、行方が分からなくなってから翌日までは生存している例が多いものの、3日目以降はその可能性が急に低くなることを確認。主な死因の一つは低体温症でした。誰にも保護されないまま一晩、二晩を越して体力がなくなり、体温の維持ができなくなったとみられます。命を守るには、いち早く見つけることが大切です。
今回のケースについてカワサキさんは「運が良かったと思います」と話します。「私がものすごく急いでいたり、この先何キロもUターンしようのない狭い道だったら戻ってまで確認したろうか?と思います。おじいさんが歩道を歩いていたら、危ないなと思いつつも、まあ大丈夫だよねとスルーしたかもしれません。車を停められる場所がないもっと狭い道だったら?この方がパニックを起こすタイプで、ふりほどいて歩き続けるような人だったら?といろいろ考えました。今回は本当に不幸中の幸いだったと思います」
介護職の経験からカワサキさんは「おじいさんは恐らく、歩いている間も無意識で迎えが来るのを待っていたと思います。今回は徘徊ですが、そうした行動をやめるきっかけを自分でも見失っていることはよくありますので」とも話します。
「認知症の症状にもいろいろありますし、そうではなく精神疾患かなにかの可能性だってあります。少なくとも過度に刺激しないように、何してるんですか!と語気を荒げたり、電話番号わからないんですか?と詰問したりしないというのは無意識でやっていたはずですが、悪い条件が重なったときに対応できるか?というと分かりません。ですが、少なくとも交通ルールを遵守することでお互い回避できる事故があること、何かあったとき、警察に通報すればちゃんと対応してもらえることがわかりました。考えてみれば当たり前のことですが、体験してみないと実感できないことだったので、漫画を読んだ人の頭の片隅にでも残り、1件でも悲しい事故が回避できるよう願っています」
(まいどなニュース・竹内 章)