受験、就活に勝ち残り、必死に働いて実現した「年収1000万円」…それでもキツイ生活は「頑張り損」「子育て罰」なの?
2021(令和3)年分「民間給与実態統計調査」(国税庁)によると、国民の平均給与は443万円です。一方で、2017(平成29)年度「東京の子供と家庭」(東京都福祉保健局)の調査では、世帯年収1000万円以上が約21%にのぼります。ところが「年収1000万円」でも都内の子育て世帯は「ラクではない」という声が聞こえてきます。実際のところはどうなのでしょうか?
習い事についての取材をしている時「娘ふたりの習い事をもっと増やしたいけど、キツイんですよね」と話してくれたのがAさんです。話の流れから教育費のことになり、「年収が1100万円くらいなんですけど、最近引っ越しをしてようやくひと息つけたなって感じ」と言うので「年収1000万円を超えてもキツイんですか?」と思わず問い返すと、Aさんは「都内で子育てしてたら、年収1000万円って別に裕福なわけじゃないですよ。国からの助成金とか手当だって所得制限で減額されたり、もらえなかったりで、逆にキツイんです。将来の教育費、老後資金と考えると不安のほうが大きい」と言うではありませんか。
Aさんは結婚当初、ふたりの給料を合わせるとすでに年収1000万円近くありました。「順調にいけば、40代には年収1500万円くらいになるかな」と余裕を感じて、妊娠がわかったのと同時に「教育的な環境がよい」文教地域に引っ越し、いずれは同じエリアでマンション購入を考えていたそう。
ボーナスを別にすると手取り月収はふたり合わせて60万円くらいですが、子どもひとりであれば十分な暮らしができそうです。しかし、家賃は20万円、評判の高い私立保育園は月額10万近くかかり、子育てと仕事でクタクタで帰り際にデパ地下で惣菜を買い込む食費は15万近くに。園のママ友に「週末に一緒にネイルに行かない?その後、ランチでもどう?」と誘われると毎回断ることもできずに、ついつい散財してしまうこともよくありました。またマンションの駐車場には高級車が並び、夫は夫で「もともと車が好きで、ローンで分割ならたいしたことがないと思って、600万円の新車を購入してしまった」のだとか。毎月の収支はギリギリか赤字になることもあり、ボーナスで帳尻を合わせて貯蓄をするのがパターン化していました。
そんな時に二人目の妊娠がわかり、Aさんは退職。収入は300万近く減り、そのためAさんの夫は収入アップをめざし転職をします。
「確かに夫の年収は上がりました。でも成果主義とかで目標に達成していないことが続くと翌年の給料がダウンするんです。会社の方針で残業はほとんどないのですが、帰宅してから11時くらいまで仕事をしているし、週末も終わっていないからとパソコンを開いている。ワンオペ育児がきつくて、わたしもストレスの塊でしたね」
夫の「ここにいたら、どれだけ稼いでも、稼いだ分だけ使ってしまいそうな気がする」という言葉にAさん自身、ハッとしました。
結局、Aさん夫婦はそのエリアでのマンション購入は断念し、都心部にほど近い地域に引っ越しました。
「共働きなら都内のど真ん中に住んで、子どもたちは小学校から私立へ、高級輸入スーパーで買い物をして、時には家族で海外旅行、そんな暮らしができると思っていたんです。でもぜーんぜん、違った」
以前住んでいたエリアで、「上質な保育」を謳う園で知り合ったママたちをよく観察しているうちに「2つに分かれている」とAさんは感じたそうです。
「うちと同じように年収1000万円前後で、なんとか子どもに良い環境をとがんばっちゃってる家、明日のお米に困ってはいないけど、実際にはけっこう苦しい。もちろん、その辺りは隠すというか、普通にしていますけど、不思議となんとなくわかるんですよね」
「もうひとつは、そもそも親から譲られた分譲マンションに住んでいるとか、年収も3000万円とか、生活レベルがひとつ上。それくらいだと小学校受験や中学受験も当たり前のレールで、お母さんはバリキャリ(いわゆるパワーカップル、夫婦ともに高年収)か、夫の収入が格段に高くて実家の援助も豊富ってパターン」
そんな家庭と肩を並べる暮らしをしようと背伸びをすれば、家計が厳しくなるのは当然といえば当然です。
ちなみにAさん、現在は夫の収入とAさんのパートで年収1100万弱です。以前に住んでいたところより、私立といえども幼稚園の保育料は安くなり、車は維持していますが駐車場代が「都心一等地と比べたら格安」だそうで、全体的に家計費を絞ることができました。でもAさんは不満そう…。
「不満ですよ。必死に勉強して薬剤師の資格を取ったのは、将来仕事に困らないように、少しでも高い時給を得られるようにと思ったからです。夫は公立から進学校の都立に進んで、遊びたいのを我慢して一生懸命勉強して国立に入ったんです。それで高年収の企業づとめが叶ったんですよ?」
周りが遊びに夢中なときも、我慢して勉強に励んで得た学歴や資格、それらを活かして高年収の企業に就職し、そこでも必死に働いてきたからこそ「年収1000万を越えた」のに、真っ当に頑張ってきた結果は高い税金をとられ、所得制限にひっかかり助成金や手当のほとんどはもらえない状態。そこが納得いかないのだと言います。
「頑張り損でしょ?こういうのを子育て罰って言うんですよ」とAさん。
子育て罰。なんとも厳しい響きですね。
Aさんは「身の丈にあった生活ってよく言いますよね。でも年収1000万円をこえた辺りから、なぜか身の丈がわからなくなっちゃったんです」どこか納得がいかない表情のまま、ぽつりと言いました。
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「家計の金融行動に関する世論調査(二人世帯)」(金融公報中央委員会)の調査では、年収1000万円~1200万円で貯蓄がない家庭が実に10%もいます。年収1000万円を越えても、子どもがいて都心部に住み、少し背伸びをした生活をすれば、実際に家計が破綻することさえ、ないとは言えません。
年収1000万円。それは多くの人が「あったらいいな」と思う収入の希望であると同時に、都心部で共働きともなれば珍しいというわけでもなく、かといって富裕層には届かない、なんとも微妙なラインなのです。
(まいどなニュース特約・大橋 礼)