「楽しんで食べられへんのやったら…」延命よりも穏やかな時間を 猫の腎臓病、治療中止した家族の決断
猫の腎臓病は、現時点では不治の病。毎日の補液や投薬で、当の猫も支える家族も疲弊していきます。治療を続けるのが正解なのか、それとも自然に任せるのが正解なのか、その答えは出ません。
大阪府のミカエルくんも腎臓病を患った1匹。お父さんで落語家の月亭遊方さんは、ミカエルくんの治療で深く悩みました。それは動物病院で、安楽死も勧められたからです。
「安楽死はようしません」
それでも日増しに弱っていくミカエルくんの姿に、遊方さんはある決断を下しました。それは治療の中止。
■大和路快速で来た子猫
遊方さんはミカエルくんが迎えられた日のことを思い出します。あれは2013年の秋のこと。遊方さんが仕事で東京に滞在している時、妻で講談師の旭堂南璃さんからメールが届きました。
「明日、うちに子猫が来ます」
遊方さんはすぐ返事を出しました。
「何で来んねん?」
「大和路快速で」
「その”何で”とちゃうやろ?!」
詳しく聞きたいものの、この時は公演の打ち上げの最中。まあ帰れば分かるやろと、この日はそのままにしました。
次の日、帰宅すると南璃さんの姿はありません。その代わり、部屋の奥からニャーと聞こえてきました。チャトラと黒の2匹の子猫です。
「何や、キミらか」
子猫たちは「にゃ」とお返事。
帰ってきた南璃さんから詳しく話を聞くと、奈良の保護猫団体から譲渡してもらったのだそう。3カ月前まで一緒に暮らしていたルナちゃんとの別れがあまりにもつらく、新たに猫を迎えたくなったとのこと。
「ほな、しゃぁないな」
■乳酸菌で奇跡の復活
チャトラはミカエルくん、黒猫はソロモンくんと名づけられ、すくすくと大きくなります。2匹は血縁こそないものの、同時期に同じ施設で生まれたため、本当に仲良し。追っかけっこをしたり、プロレスごっこをしたり。
しかし、3歳になったころ、ミカエルくんは不調に陥ります。口内炎です。ご飯が食べられず、どんどんと衰弱。猫の口内炎は治療法がなく、抜歯だけが唯一の治療らしい治療です。2回に分け抜歯をするのですが、それでも良くなりません。
そんな時、遊方さんはインフルエンザの予防接種の時、医師から聞いた話を思い出しました。それは腸内環境を良くすることで、免疫力が上がるということ。もしかすると、猫にも有効かもしれないと思い、ミカエルくんに粉末の乳酸菌をウェットフードに混ぜて飲ませるようにしたのです。
1カ月もすると、あの痛がりようが嘘なほど、スッキリしたんですよ。あまりにも珍しい症例なので、動物病院で記録を取らせてほしいといわれるほど。新聞社から取材も受けました。
■ご飯がつらいものになるなら…
奇跡の回復を見せたミカエルくん。このまま何事もなく穏やかであってほしい、そう遊方さんも南璃さんも願っていました。しかし、発覚した腎臓病。食事を切り替え、自宅で補液もしても、日に日に弱っていきます。最終的には、動物病院で強制給餌までしなくてはならなくなりました。
「楽しんで食べられへんのやったら…」
遊方さんは決断を下します。もう治療はしない、と。つらい思いをしながら延命をするより、穏やかに家族の思い出を作りたいと考えたのです。
食べたくないなら、食べたくなった時に食べれば良い。ソロモンくんと同じご飯を出し、ソロモンくんが食べている様子をミカエルくんに見せます。やっぱりミカエルくんは食べられませんが、ソロモンくんが「どうぞ」とすると一口二口は食べられます。
嫌な補液がなくなった分、表情も明るくなったんですよ。このミカエルくんの様子に、遊方さんは二度目の奇跡を願わずにいられません。大天使からいただいた名前の愛猫、奇跡が起きてくれたってええやない?
■本物の天使になったミカエルくん
しかし、大天使は神様のそばにいるものなのでしょう。2018年春、南璃さんが仕事から帰宅したのを見届けたミカエルくんは遊方さんの腕の中で本物の天使になってしまいました。
「ご都合主義、勝手な解釈かもしれませんが、待っててくれたのかなと思うてます。最後の家族の思い出を刻んでくれました」
奇跡を願うも、虹の橋のたもとへ見送らざるをえなかったミカエルくん。過ごした幸せな時間を振り返ると、気付いたのです。ミカエルくんとの出会いこそが「奇跡」だったことを。
星の数ほど猫も人もたくさんいる中、家族になれたことが「奇跡」。
ミカエルくん、また会おうね。遊方さんも南璃さんも待っているよ。また大和路快速でおいでね。
(まいどなニュース特約・ふじかわ 陽子)