ベラルーシの表玄関…駅の電光掲示板はロシア語だらけ! 現地語が使われない不思議
悲惨な状況が続いているウクライナの北にはベラルーシ共和国があります。人口は約930万人。主にロシア人と同じグループに属するスラヴ系東スラヴ人のベラルーシ人が住んでいます。ベラルーシはナショナリズムを否定し、ソビエト的な価値観を大切にする国です。
たとえば1918年にロシア帝国から独立した際の国旗・国章を掲揚することを禁じています。現在の国旗・国章はソ連時代のものをアレンジしています。それは鉄道風景からも読み取れます。
■ ベラルーシ語が弱いミンスク駅
ベラルーシの公用語はベラルーシ語とロシア語です。ベラルーシ語はロシア語と同じくスラヴ語派東スラヴ語群に属します。文法は似ていて、同じキリール文字を用いますが、一部のアルファベットが異なります。
ちなみに、ウクライナではロシア語が公用語になったことはありませんが、人々の会話ではロシア語がよく用いられていたことも事実です。
さて、筆者は2018年5月、ドイツ・ベルリンからロシア鉄道の国際列車「ストリージィ」モスクワ行きに乗り、ベラルーシ・ミンスクへと向かいました。この列車は夜行列車で、ベルリンを夕方に発車し、ミンスク駅に到着したのは翌日の昼頃でした。
ミンスク駅の電光掲示板を見ると、あることに気がつきました。なんと駅名の表記がベラルーシ語ではなく、ロシア語ではありませんか。国の表玄関にも関わらず、母国語のベラルーシ語が用いられないという事実に驚きました。
かと思えば地下鉄やトロリーバスの車内放送ではベラルーシ語と英語はありましたが、ロシア語はなし。当時はベラルーシも観光客の誘致を意識したのか、街の中心部にもピカピカの英語表記の地図がありました。
■ ベラルーシ語復権の動きも
ホステルでベラルーシ人にベラルーシ語事情を尋ねると、ベラルーシ語よりもロシア語の方が得意とのこと。これにはさまざまな理由があります。ソ連時代はベラルーシ以外の共和国でもロシア語教育が熱心に行われました。
ソ連崩壊後に独立した国では母国語の教育に力を入れています。しかし「ヨーロッパ最後の独裁者」と言われるルカシェンコ大統領は母国語ベラルーシ語の普及に力を入れていません。
確かにベラルーシ語は公用語ですが、公的な場面ではロシア語の使用も可能となっています。実際にルカシェンコ大統領の日常語はロシア語であり、ベラルーシ語の社会的地位は低いままです。
一方、ここ数年は新たな動きも出ています。ベラルーシでは2020年に大統領選挙をめぐり、大規模な反政府デモが発生しました。
反政府側は民主化とルカシェンコ大統領の辞任を要求し、シンボルとして国が禁じている1918年独立時の国旗を掲げました。またスローガンにはベラルーシ語が使われ、ベラルーシ・ナショナリズムを堂々と表明しています。
草の根レベルでは、ベラルーシ語講座を通じてベラルーシ語の普及が少しずつ広まっています。数年前にウクライナ人の友人は「ベラルーシ人の友人がSNSでベラルーシ語を使っている」と言いました。意識の差はあれ、ベラルーシ語使用は母国語を軽視するルカシェンコ政権のアンチテーゼに思えます。
このように鉄道駅にある電光掲示板の文字列を観察するだけでも、その国の社会のありようがわかることがあります。特にベラルーシをはじめとする東欧、中欧諸国では顕著に現れます。
◆新田浩之(にった・ひろし) 1987年兵庫県生まれ。神戸大学大学院国際文化学研究科修了。関西の鉄道や中欧・東欧の鉄道旅行をテーマとした執筆活動を行なう。最新刊として『いろんな民族と言語に出会う鉄道の旅』を刊行。コロナ禍前のヨーロッパ~東欧~ロシアを鉄道を通じてつぶさに観察したオールカラーの旅行記だ。
三冬社。144ページ、1430円(税込)。
(まいどなニュース特約・新田 浩之)