父から迫られた進路 母が差し出した冊子から生まれた異能俳優・奥野瑛太とは?

映画『空白』では松坂桃李を慟哭させ、映画『グッバイ・クルエル・ワールド』では西島秀俊の体温を急激に上昇させた。画面に登場した途端、磁場を一気に自分色に変質させる力のある男。奥野瑛太(37)の主演作『死体の人』が3月17日より公開される。映画主演は『SRサイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』(2012年)以来約11年ぶりだ。

■異能俳優・奥野瑛太とは?

映画好きからは『SR サイタマノラッパー』シリーズのMC MIGHTYとして知られるが、近年は映画『友罪』『泣き虫しょったんの奇跡』『タロウのバカ』『37セカンズ』、朝ドラ『エール』、連続テレビドラマ『最愛』など、ちょっとした出演であっても観客や視聴者の目を奪い、深い印象を残してきた。『ラーゲリより愛を込めて』の瀬々敬久監督や『グッバイ・クルエル・ワールド』の大森立嗣監督ら気骨のある映画人からも重宝される異能俳優だ。

鋭い目力を活かした反社系の役柄の多い奥野だが、約11年ぶりとなる今回の主演作では、オファーが来るのは死体役ばかりという売れない役者・広志を真っ直ぐに演じている。役者としては芽が出ないものの、演技への熱量は人一倍という広志の悲哀とピュアさを得意の擬態力を駆使して好演。風俗嬢役の唐田えりかの演技を座長としてサポートすると同時に、自らの力量を惜しみなく発揮する。改めてその異能ぶりに驚かされる。

■成り行きの俳優業

驚かされるといえば、奥野を俳優の道へ歩ませたきっかけのエピソードも興味深い。幼少期一人っ子で時間つぶしのためにビデオレンタル店の棚にある映画を片っ端から観ていったという地元・北海道苫小牧時代を経て、日本大学藝術学部映画学科の演技コースに入学。選ぶべくして選んだのではなく、成り行きでの選択だったというのだから。

「高校時代はあまり勉強もせず、親から見放されそうになりました。進路を決める段階になって『鳶になるか、大学に行くか。どちらかを選べ』と父親から迫られて。そんなときに母が持ってきてくれたのが日本大学藝術学部映画学科の冊子。映画は好きで観ていたので、とりあえずここに行けばモラトリアムな時間が過ごせるだろうと思って上京を決めました」。

映画好きならば作り手である監督業に興味を持ちそうなものだが、選んだのは演技コース。「当時の監督コースは指定校推薦がメインで一般受験の枠が狭かったのと、特に僕自身これといって発信したい事も思いつかなかった。俳優だったら他人のそれと間接的な形でも寄り添いながら映画と関われるんじゃないかなと思って。ある意味、逃げたければ逃げられるだろうと思っていたんじゃないですかね(笑)」とここでも成り行きに身を任せたスタンスだった。

■教員免許取得を目標に

ならば大学在学中に俳優の面白みを知って現在の活躍に繋がったのか?と思いきや、それも違う。「ぶっちゃけ絶望した時もありました。思ってたんと違う~っと(笑)。映画や演技について教科書で事柄を学ぶことはあれど、果たしてそれで足り得ることなのかといつも悶々としていました。大学時代は演技の勉強よりも教員免許取得を目標に、4年間優等生として学校に通いました」。

予想外のバックグラウンドを持つ奥野が、作品と評価を重ねて迎えた30代後半。「子供の時に映画が人の手で作られていることを知って天地がひっくり返るくらい衝撃的で。映画作りがどのように行われているのかを知りたい一心で、今でも俳優を続けている気がします」。やっとちょっとだけ積極的になっている。

(まいどなニュース特約・石井 隼人)

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